幕間③ ヒーローズ アウトサイド
グランベルク王国城塞都市。
王城の石壁が、空に向かってそびえている。
城塞都市は、グランとは違う空気だった。グランが商人と傭兵の街なら、ここは権力と秩序の街だ。歩く人間の目が、どこか鋭い。
ツゲルは、宿の窓から、その街を一ヶ月見続けていた。
情報は、少しずつ集まっていた。
アゲルの足跡を辿るように、ツーフ村からグランへ、グランから城塞都市へ。各地に広まる噂を繋ぎ合わせると、一本の線が見えてくる。
そして——今日、その線が、大きく跳ね上がった。
「……一万二千」
ツゲルは、呟いた。
情報屋から買った話だった。北北東の森の奥に、人間が一人いる。その人間が従える小鬼族の数が——一万二千体を超えているという。
有り得ない。
次元が、違いすぎる。
今すぐ討伐することは——できない。
その考えが浮かんだ瞬間、ツゲルの体の中で何かがほぐれた。
安堵、だった。
厄災を討てない理由ができた。そのことへの、安堵。
次の瞬間——胸の奥で、何かが締め付けられた。
「——グウッ……?!」
枷が、締まった。
告承の魔法が——己の使命を、思い出させた。
宣言した言葉が、全身に刻み込まれている。逃げることを、許さない。
「……厄災を殺すのは」
ツゲルは、歯を食いしばった。
「僕だ」
宿に戻ると、三人が待っていた。
ロイが、床に寝転がっていた。
「おせーよ、ツゲル。何してたんだ」
「情報を集めていた」
「また?」
「当たり前」
ツゲルは、椅子に座った。
長楽が、茶を一杯、静かに差し出した。
「お疲れ様です、ツゲル殿」
「ありがとう」
長楽は、にこりと笑った。黒髪が、肩に流れる。丁寧な口調の中に、どこか余裕があった。
部屋の隅で、ザブ朗が刀を手入れしていた。こちらを見ることもなく、黙々と布を動かしている。
「どうだったんだ?情報」
ロイが、起き上がりながら聞いた。
「……聞いても、信じられないかもしれない」
「言ってみろよ」
ツゲルは、茶を一口飲んだ。
「小鬼族一万二千体を従える人間が、北北東の森の奥にいる」
沈黙。
「……は?」
ロイが、間の抜けた声を出した。
「一万、二千?!」
「ああ」
「小鬼族が?!」
「ああ」
「……アゲルのやつ、何してんだ」
ロイは、頭をかきながら、ため息をついた。
「これからどうされるのですか?」
長楽が、静かに聞いた。
ツゲルは、窓の外——王城の方向を見た。
「この王国では、二等級以上の傭兵団は、国のお抱えだそうだ」
「だから?」
ロイが、眉をひそめた。
「二等級は金も人材も、より集まる」
ツゲルは、立ち上がった。
「俺たちがその傭兵団に入るか——」
「俺たちが二等級傭兵団を目指すか」
王城を、睨みつけながら言った。
「お前っ、それ……!!」
ロイが、目を見開いた。
「ワクワクしますね!!」
長楽が、両手をぶんぶんと振った。
ザブ朗が、刀の手入れを止めた。
こちらを、一度だけ見た。
「……面白い」
それだけ言って、また手入れを再開した。
夜。
ツゲルは、一人で窓の外を見ていた。
城塞都市の灯りが、石畳に滲んでいる。
一万二千体。
その数字が、頭から離れない。
安堵してしまった。
それが、許せなかった。
討てない理由ができたと、どこかで喜んでいた自分が——いた。
でも。
告承の枷は、正直だ。
逃げることを、許さない。自分が宣言した言葉の重さを、ずっと突きつけてくる。
宣告は責任となり、自分を縛る枷となる。
「告げる」——宣言すること。
「承る」——引き受けること。
つまり。
宣言したことを——自分自身が、引き受けなければならない。ツゲルは、自分の魔法を、そう解釈した。
逃げることは、「承る」ことに反する。
ツゲルは、拳を握りしめた。
二等級傭兵団を目指す。
力をつける。
「厄災を殺す」と宣言した。
ならば——その言葉を、最後まで引き受ける。
それが、僕の責任だ。
ツゲルは、王城を見つめた。
枷が、静かに——しかし確かに、締まっていた。
でも今度は、苦しさだけじゃなかった。
覚悟、という名の重さが——そこにあった。




