3-17話 変わらないな、お前も!
木の精たちが拠点に住み着いて、数日が経った。
木の精は、言葉を話さない。
でも、動く。きょろきょろと周囲を見渡して、タイジュの蔦に絡まって、ミクラ衆の小鬼族の周りをうろうろして、俺の足元に集まってくる。
ミクラ衆の小鬼族が、木の精の一体に話しかけていた。
「精霊様、本日のご体調はいかがでちか」
木の精は、ぴょこりと動いた。
「恙無きご様子、何よりでち」
勝手に会話を成立させている。
タイジュ衆の小鬼族は、木の精を見るたびに「天下無敵でち!!」と叫んでいた。意味が分からない。
柵衆の小鬼族は、木の精と筋肉の話をしようとして、返事がもらえず途方に暮れていた。
鍬衆の小鬼族は「精霊っすね〜!!」とあっさり受け入れて、すでに一緒に索敵に連れて行っていた。
……なんか、うまくやってるな。
俺は、拠点の入り口に立って、谷の外を見ていた。
ガラナたちが消えてから、一週間。
何も起きていない。
でも——必ず、また来る。
「殿」
ミクラが、隣に来た。
「防衛ラインの進捗を報告します」
「うん」
「石垣の補強が八割完了。見張り台の設置が六割。谷の入り口に仕掛ける落石の罠が、三割」
「……思ったより進んでるな」
「タイジュ衆が、木材の調達を大幅に前倒ししてくれました」
「タイジュ衆が?」
「はい。タイジュが——珍しく、自分から動いたようです」
俺は、拠点の奥を見た。
タイジュが、タイジュ衆の小鬼族たちに何かを指示していた。蔦をぶわりとマントのように広げながら、いつものように声がでかい。
でも——木の精の一体が、タイジュの蔦に絡まっているのが見えた。
タイジュは、それを払いのけなかった。
「……変わったな〜!あいつも!」
「そうですね」
ミクラが、静かに言った。
「皆、変わっていきます」
「ん?」
「柵は、小鬼族たちに戦い方を教え始めました。鍬は、索敵の範囲を広げています。ミクラ衆は、拠点の記録を文字に起こし始めました」
俺は、拠点を見渡した。
でちでちという声が、あちこちから聞こえる。木の精がぴょこぴょこ動いている。タイジュの笑い声が響いている。
「……俺は?」
「殿は」
ミクラが、少しだけ間を置き、呟いた。
「変わらず、ここにいてくださいます」
「俺だけ変わってないじゃん!!」
「それだけで、十分です」
俺は、苦笑いした。
「お前、御座の時もそういうこと言ってたな」
「はい」
「……変わらないな、お前も!」
「私は、殿の第一の家臣ですから」
ミクラが、静かに答えた。
夕暮れ時。
焚き火を囲んで、四体と俺が集まっていた。
柵が、筋肉をバキバキに膨らませながら言った。
「殿!!俺、最近思うんですが!!」
「なんだ」
「この拠点、もっと強くできると思うんですよ!!谷の入り口に、柵衆を常時配置して!!罠も増やして!!」
「……まあ、そうだなっ!」
「鍬衆は、もっと広い範囲を索敵できると思うっすよ〜」
鍬が、蛇の腕をうねうねさせながら言った。
「集落を越えた南の森まで、カバーできるようになってきたっすから」
「そうか。助かる」
「タイジュ衆は——」
大樹が、背中の蔦をぶわりと広げた。
「木材と薬草の調達に関しては、我らに任せよ!!天下無敵のタイジュ衆が、完璧にこなしてみせる!!はっはっはっはー!!」
「「「天下無敵でち!!!!」」」
遠くでタイジュ衆の小鬼族が、叫んでいた。
ミクラが、静かに言った。
「ミクラ衆は、拠点の記録と内政を引き続き担います。ギコへの指導も、順調です」
「ギコか……あいつ、最近どうだ」
「はい」
ミクラは、少しだけ目を細めた。
「……よく、育っています」
その夜、俺は一人で湧水の前に座った。
水面に、曇り空が映っている。
手袋をはめた手を、膝の上に置いた。
ガラナたちが来た。
次は、もっと大きな隊が来るだろう。
グランガウ傭兵団。三等級。小鬼族千体を処理できる実力がある等級。
千体。
今の俺たちは、一万二千体を超えている。数だけなら、勝てる。
でも——数だけじゃない。
「殿」
声がした。
俺は、顔を上げた。
ミクラが、隣に座っていた。
ミクラは、水面を見た。
「どうされますか。拠点を移されても、私は従いますよ」
俺は、その言葉で一瞬悩んだが、いつもの調子で答える。
「ここしか、ないからな〜。俺たちには」
「……はい」
「だから、まあ、なんとかする!!」
ミクラが、静かに笑った。
笑うのを、初めて見た気がした。
「なんとかします」
「そうだな」
湧水が、静かに流れていく。
でちでちという声が、遠くから聞こえる。
木の精が、俺の足元に一体、ぴょこりと来て座った。
俺は、手袋越しに、その頭をそっと撫でた。
何も起きない。
当たり前だ。
……悪くない夜だと思った。
翌朝、俺は拠点の中心に立った。
一万二千体超の小鬼族が、四方から見ている。
ミクラが、隣に立っている。
柵が、鍬が、タイジュが、それぞれの衆の前に立っている。
木の精たちが、足元でぴょこぴょこしている。
「よし」
俺は、言った。
「急ごう」
「「「でちーーーー!!!!」」」
一万二千体の声が、谷に響いた。
拠点が——動き出した。
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