3-14話 しっかり“さん”は付けろよ
ミクラが水面を見ていると、別の足音が近づいてきた。
今度は、小さな足音だった。
ダルズだった。
ミクラと目が合うと、少しだけ足を止めた。それでも、逃げなかった。
「……ミクラ、さん」
「はい」
「あの人は、どこにいますか」
「殿でしたら——」
ミクラが、視線を動かした。
拠点の中心、石畳の上。アゲルが、一人でしゃがんで、地面の石を眺めていた。
特に何をしているわけでもなさそうだった。
「……ありがとうございます」
ダルズは、ぎこちない足取りで、アゲルの方へ歩いていった。
「……あの」
掛けられた声に、俺は顔を上げた。
ダルズが立っていた。振り子を、両手でぎゅっと握りしめている。
「お、おう」
(石の裏の虫見てるの、見られたかな…)
俺は、立ち上がった。
二人とも、同じくらいの背丈だった。同じくらいの年に見える。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
「……あの時」
ダルズが、先に口を開いた。
「あの時?」
「森で……俺が、振り子を——あなたに向けた時」
「あ、ああ」
俺は、頷いた。
「怖かったです、あれ。結構」
「……すみません」
なんか申し訳ない…
「いや、まあ」
俺は、頭をかいた。
「俺も、いきなり近づきすぎたしな。そりゃびびるよ」
ダルズは、俯いた。
「俺……あの時、あなたのことを、厄災だって思っていました」
「まあ、そうだろうな」
てか、今も元気に厄災だぞ。
「でも」
ダルズが、顔を上げた。
「あなたは、俺の名前を聞いてきた」
「うん」
「厄災が、俺の名前を聞くなんて——思っていなかったので」
俺は、少しだけ笑った。
「そりゃ聞くだろ。いきなり会ったんだから」
「……変な人ですね」
「違うぞ??」
(やっぱ石の裏の虫見てたの、見られてた?!)
ダルズは、振り子を見た。
「これ……あの時、あなたに向けて使いました」
「…。まあな」
「怪我、させてしまいました」
「ミクラが治してくれたから、今はもう平気だ」
ダルズは、しばらく振り子を握りしめていた。
「……あなたは、なんで俺たちを殺さなかったんですか」
俺はは、少し考えた。
「殺す理由がなかったから」
「それだけですか」
「それだけだ」
ダルズは、黙った。
しばらくして、ぽつりと言った。
「……俺、あなたのことが怖くなくなってきました」
「そりゃよかった」
「でも」
ダルズが、真剣な顔でアゲルを見た。
「ベルさんは、またここに来るかもしれません。俺たちの団長も、動くかもしれない」
「……そうだろうな」
「それでも——あなたは、ここにいるんですか」
アゲルは、拠点を見渡した。
石垣。棚田の跡。湧水。一万二千体超の小鬼族。三体と、ミクラ。
「ここしか、ないからな」
ダルズは、その答えを聞いて——何も言わなかった。
ただ、振り子を握りしめたまま、俺の顔を見ていた。
「……名前、教えてもらえますか」
「アゲル」
「アゲル、さん」
「そう。しっかり“さん”は付けろよ」
「……」
「そっちは?」
「ダルズ、です」
「ダルズか」
アゲルは、頷いた。
「よろしくな、ダルズ」
ダルズは、少しだけ——本当に少しだけ、表情が緩んだ。
「……はい」
本日は以上になります。
明日も三話分投稿する予定です!




