3-13話 あれだけの力がありながら
夜が明けて、二日目の朝。
ミクラは、拠点の外れ——湧水が流れる石組みの傍に、一人で座っていた。
正確には、座っているというより、静かに水面を見ていた。袴の裾が、石畳の上に広がっている。
足音が近づいてきた。
「……隣に座っていいか」
ベルトルトだった。
ミクラは、水面から目を離さないまま答えた。
「どうぞ」
ベルトルトが、石組みの縁に腰を下ろした。しばらく、二人とも黙っていた。
湧水が、静かに流れていく。
「一つ、聞いていいか」
「はい」
「お前は——あの時、本当に死んでいたのか」
ミクラは、少し考えた。
「死んでいた、と言えば、そうなのかもしれません」
「……そうなのかもしれない、とは」
「私には、比べるものがありません。死というものを、知らなかったので」
ベルトルトは、黙って聞いていた。
「ただ」
ミクラが、水面に視線を戻した。
「消えかけた、という感覚は、ありました」
「……そうか」
「それでも——殿の声が、聞こえました」
湧水が、石を叩く音だけが、しばらく続いた。
「お前は」
ベルトルトが、静かに言った。
「あの少年に、仕えることを、苦に思わないのか」
ミクラは、初めてベルトルトの方を向いた。
「苦に思う、とは」
「あれだけの力がありながら——なぜ、あの少年の判断を仰ぐ」
ミクラは、少しだけ目を細めた。
「あなたは、仕える、ということを、どのようにお考えですか」
ベルトルトは、答えなかった。
「力があるから仕える必要がない、ということであれば——それは、違うと思います」
ミクラが、静かに続けた。
「私が殿に仕えるのは、殿が強いからではありません」
「……では、なぜだ」
「殿は」
ミクラは、少しだけ間を置いた。
「誰も、見捨てないからです」
ベルトルトは、動かなかった。
「木の魔物たちを。小鬼族を。誰に対しても——殿は、見捨てるという選択を取らない」
「……それが、仕える理由か」
「それだけではありません。ただ——私には、それで十分です」
湧水が、流れていく。
ベルトルトは、しばらく水面を見ていた。
「……一つだけ、教えてくれ」
「なんでしょう」
「あの少年は——本当に、誰も攻めるつもりがないのか」
ミクラは、迷わず答えた。
「はい」
「……根拠は」
「殿が、そう言ったからです」
ベルトルトは、何も言わなかった。
ミクラは、水面に視線を戻した。
「あなたは、殿のことを、どう思いましたか」
今度は、ベルトルトが黙る番だった。
長い沈黙の後、ベルトルトは立ち上がった。
「……まだ、分からん」
「そうですか」
「ただ——」
ベルトルトは、拠点の方を一度だけ見た。
「お前の言う通り、あの目は嘘をついていなかった」
それだけ言って、歩き出した。
ミクラは、その背中を見送った。
湧水が、変わらず流れていく。




