3-10話 ミクラの魔法
ミクラが、ゆっくりと前を向いた。
ベルトルトが、刀を構えたまま、動いていない。
その目が——ミクラを、じっと見ていた。
五人の傭兵も、誰一人動かない。
拠点の中に、静寂が落ちていた。
「……何が、起きた」
ベルトルトが、低く言った。独り言のようでもあり、問いかけのようでもあった。
「何が起きたんでしょうね。殿に確認しないといけない事が増えました。それよりも…」
「『均衡魔法』」
ミクラが、静かに答えた。
「周りにいる者の力を平均化させる魔法。力を吸うわけではない。己の力量を上げるわけでもない。敵も味方も己自身も巻き込み、全て同じ強さに変える」
ベルトルトの目が、細くなった。
「…お前」
「あなたが教えてくださいました」
ミクラは、顎に手を当てながら、わずかに首を傾けた。
「先ほど、丁寧に説明してくださったので」
それがなんだと言うんだ、とベルトルトは刀を強く握り、睨みつける。
「均衡魔法の理屈は、よく分かりました」
ミクラが、一歩前に出た。
「しかし」
その瞬間——空気が、変わった。
重くなった、というより——圧がかかった。
目に見えない何かが、辺り一面に満ちていく。
「っ……」
傭兵の一人が、膝をついた。
また一人が、よろめいた。
「な、なんだ……これ……」
ベルトルトだけが、踏みとどまっていた。しかし、その顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
「均衡がどうこうの話では、ありません」
ミクラの声は、静かなままだった。
「これは、格の違いをお分かりいただくための魔法です」
圧が、増した。
「魔圧。」
その一言と共に、能力の名が——ミクラの周囲に、文字として浮かび上がった。
魔圧魔法。
先頭に、「魔」の一文字が輝いている。
「均衡魔法は、全員の力を同じにする。しかし、圧は力の話ではない。格の差を、そのまま叩きつける」
ベルトルトが、歯を食いしばった。
「均衡があろうとなかろうと——格が違えば、意味がない」
傭兵が、また一人、地面に膝をついた。
錯乱しているわけではない。ただ——体が、動かない。自分が呼吸をしているのか、それすらも分からなくなるほどのプレッシャーを感じる。
圧に、心が押しつぶされている。
ベルトルトは、それでも前を向いていた。額に、汗が滲んでいる。
「……強い」
ベルトルトが、絞り出すように言った。
「これが、あの畳の化け物の——本来の力か」
「いいえ」
ミクラが、静かに答えた。
「これが、私の力です」
沈黙。
ベルトルトが、ゆっくりと息を吐いた。
刀を——下ろす。
抵抗できない。それを、理解したのだろう。
拠点の石畳に、五人が膝をついていた。
ミクラが、俺の方を向いた。
「殿」
「……う、うん?」
「重要な判断は、必ず殿にお伺いしています」
俺は、膝をついた五人を見渡した。
ベルトルト。傭兵が五人。
その顔を、一人一人、見た。
「……どうされますか」
ミクラが、静かに問いかけた。
俺は、少しだけ考えた。
殺す理由が、俺にはない。でも、ただ逃がすには——まだ、決めなければならないことがある。
「生かそう」
俺は、言った。
「ただし——逃がす気は、今のところ、ない。少し話をさせてくれ」
ミクラが、静かに頭を下げた。
「御意」
ベルトルトが、ゆっくりと顔を上げた。
生かす、と言った。
この少年は——厄災と呼ばれた、村から追われた少年は——今、そう言った。
ベルトルトは、その顔を、黙って見ていた。
本日も最後まで読んでいただいてありがとうございました(*´-`)
一章〜三章で一番書きたかった話です。




