3-9話 ツーフ村の高御座
神物を崇める神教国で作られた、祭事用の畳。
高御座とは本来、黒漆塗りを基調とした八角形の屋根の付いた、大きな祭壇だ。高さは約六メートル。神を迎えるに相応しい、重厚な造りをしている。
しかし御座が置かれていたのは、ツーフ樹海の奥にある、平凡な村の神社だった。
八角形の屋根はなかった。神性を帯びた装飾もなかった。神物を祀る台座と、その下に置かれた上段の畳——それだけだった。
理由は、単純だ。
神官が、金になりそうな部分を切り出して、売ったのだ。
村人には、分からない。神官が「これが祝福の儀で使う高御座だ」と言えば、疑うことなどない。
だから御座は、ずっとそこにあった。
そして、あの日。
少年が、触れた。
黒い波動が広がって——御座は、目覚めた。
初めて、自分というものを持った。
初めて、動くことができた。
初めて、誰かと——共にいることができた。
御座は、感謝した。
必要とされることを。
アゲル達と共に過ごす時間が、御座の生き甲斐だった。
参謀として指揮を執る日々。ギコに仕事を教える日々。殿が「御座」と呼ぶ、あの声。
それだけで、十分だった。
それだけで——十分、だったのだが。
願わくば。
殿の隣に、立ちたいものだ。
黒き奔流が、ぼとぼとと、剥がれ落ちていく。
俺は、目を開けたまま、その光景を見ていた。
涙で、視界がにじんでいる。
奔流が落ちた後——そこに、人が立っていた。
古風な袴姿だった。萌黄色の上衣、赤橙色の袴。白い髪が、曇天の空の下で、淡く輝いているように見えた。
年頃は、俺と変わらないくらいに見える。
その人物が、ゆっくりと振り返った。
「殿」
聞き馴染みのある声だった。
「お、おう……」
俺は、それしか言えなかった。
「あの時の約束、ありがとうございます」
「お、お…… 約束?」
「“お前らのことは、俺がなんとかする。”」
それは——熊型魔物に襲われた、あの夜。
森の中で、俺が何気なく言った一言だった。
あの時、御座は深く頭を下げていた。
ちゃんと、聞いていたのか。
「……そういえば」
白髪の少年が、忌々しげに睨みつけてくるベルトルトに静かに言った。
「私の名を、教えていなかったですね」
「……? 魔物に名前なんてあるのか?」
世界の常識的に、魔物には個体名は存在しない。
「ええ」
少年は、まっすぐベルトルトを見た。
「私は殿の第一の家臣」
一拍。
「ミクラ」
風が、吹いた。
「殿と、共にある者の名だ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
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