2-12話 殿が、楽しそうでしたので
音が、鳴り止まない。
澄んだ笛の音が、森を越え、平原を越え、どこまでも、どこまでも広がっていく。
俺は、耳を塞ぎながら、ただ立ち尽くしていた。
そして。
遠くから、どたどたという音が聞こえ始めた。
最初は小さかった。
それが、だんだん、だんだん大きくなっていく。
「……ギコ」
「でち……」
「止めろ」
「とまらないでちよ〜」
テヘヘっと舌を出しながら頭を掻くギコ。
笛の音が、ようやく消えた。
しかし、足音は止まらない。
あちこちの茂みが揺れ、木々の間から、次々と小鬼族が現れてくる。
「かみさまはどこでち!!」
「よびごえがきこえたでち!!」
「いくでち!!いくでち!!」
どたどたどたどたどたどたどたどた。
あれからどれくらいの時間が経ったか。きっと数分のうちの出来事だったのだろう。地獄からの雑踏は、俺の中の時間が引き延ばされるような感覚にさせた。
俺の周りは、緑色の小鬼族で埋め尽くされていた。
木の上に逃げていた若い男が、その光景を上から眺めながら、ぼそりと言った。
「……どこからこんな数が湧いたんだ」
「俺が聞きたい」
ギコが、申し訳なさそうに頭の葉っぱを揺らしながら言った。
「かぞえたでち……」
「何体だ」
「せんさんびゃく、いじょうでち……」
千三百。
俺は、しばらく空を見上げた。
…うん。天気がいいな。おっ、あっちの雲は速いぞ。
大都市グランの方向、遠くの空が、かすかにざわついている気がした。後から聞いた話では、笛の音は大都市グランまで届き、城塞都市でも国民がちょっとざわついたとかなんとか。
それどころじゃなかったので、その時の俺には関係のない話だったが。
「……護符、全然意味なかったな」
「はい」
御座が、静かに答えた。
「最初から、効果はないと思っておりました」
「……なんで言わなかった」
「殿が、楽しそうでしたので」
「楽しくなかったわ!!!!」
千三百体の小鬼族が、わあっと沸き立った。
「かみさまがおこってるでち!!」
「しずかにするでち!!」
「しずかにするでち……」
なぜかシュンとして静かになった。
木の上の若者が、恐る恐る声をかけてきた。
「……あの。俺、降りてもいいですか」
「……好きにしてください」
俺は、深く息を吐いた。
護符を、ポケットにしまう。また負けた気がして、捨てられない。
千三百体の大行列は、その後も少しずつ数を増やしながら、北東の森を目指して進んでいくのだった。




