2-6話 やっちゃいなさい!
平原や川を十数日もかけて走り(勿論魔車が)、御座の言っていた、幾つかある安全な森の一つに辿り着いた。
数日も経つと、新しい森にも慣れてきた。
樹海と違って、魔物の気配が薄い。鳥の声が聞こえる。川のせせらぎが近い。
悪くない。
そんなことを思いながら、俺は森の中をぶらぶらと歩いていた。
四体は、少し離れたところでそれぞれ過ごしている。柵は筋肉を鍛えており、鍬は川で何かを取っており、御座は木陰でじっとしており、大樹は……木のフリをしていた。本人曰く「擬態の鍛錬」らしい。
平和だ。
そんな時だった。
草むらの中に、二つの光る目が見えた。
……ん?
目が合った。
小さな、緑色の生き物だった。尖った耳、丸い目、手には粗末な棍棒。体の大きさは、俺の腰くらいしかない。
「……お前、小鬼か?」
生き物は、じっと俺を見ていた。
次の瞬間、甲高い鳴き声が、森中に響き渡った。
ディィィチィィィ!!!!
左から、右から、後ろから、前から。草むらが揺れ、木の影から、岩の陰から――小鬼族がぞろぞろと湧き出してきた。
一体、二体、五体、十体……。
気づいたら、三十体ほどの小鬼族に、完全に囲まれていた。
「……あー」
俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。
まあ、四体がいれば大丈夫だ。
「御座さん、柵さん、鍬さん、大樹さん」
俺は、余裕の表情で言った。
「やっちゃいなさい!!」
シーン。
「……」
誰も来ない。
シーン。
「……あれ???」
小鬼族が、棍棒を構えながら、じりじりと近づいてくる。
「ちょ、待って、ちょっと待って、四体どこ?」
返事がない。
そういえば、少し離れたところにいると言っていた。この森、樹海より安全だからと、油断して声が届かない距離まで離れてしまっていた。
「あー、これまずいパターンですね〜…」
その瞬間、棍棒が降ってきた。
「いたッ!!」
頭に一発。背中に一発。脛に一発。
「ちょ、やめ、いた、いたい、いたいいたいいたい!!脛はやめてっ!」
三十体の棍棒が、容赦なく降り注ぐ。力は全くない。でも数が多い。
「すみません!すみません!!ちょっと、誰だ!さっきから脛狙ってくるやつ!!すみません!」
俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
情けない。俺チャン、今日めちゃくちゃ情けない。
その時。
ごうっ、と風が吹いた。
突風が、小鬼族の群れを、まとめて吹き飛ばした。
ギャアアアア!! という悲鳴と共に、三十体が一斉に宙を舞う。
俺は、恐る恐る顔を上げた。
そこには。
太い腕を胸の前で組んだ、大樹が立っていた。
無数の蔦を束ねて腕の形に作り上げた、筋肉質な両腕。頭のモンブランを誇示するように、胸を張っている。
完全な、ドヤ顔だった。
「はっはっはっはー! 主よ!待たせたな!!我が来たからには、もう安心だ!」
「遅い!!!」
「はっはー!細かいことは気にするな!」
大樹の蔦が、俺の体に巻きつき、ひょいと頭上に持ち上げた。
またこのパターンか。
黄金の蔦が光を放ち、棍棒で叩かれた箇所が、みるみる癒えていく。痛みが、すうっと消えた。
治癒は本当にありがたい。落ちたら怪我するぞ。
地面では、吹き飛ばされた小鬼族たちが、よろよろと起き上がっていた。
そして、頭上で黄金の光に包まれた俺を見上げて――一斉に、動きを止めた。
小鬼族たちが、ざわざわとざわめく。
「…… ディ?」
「……でち?」
「でち……でち……」
ざわめきが、広がっていく。
そして次の瞬間、三十体が、一斉に地面に額をつけた。
「かみさまでち!!」
「ひかりのかみさまでち!!」
「おがみたてまつるでち!!」
大樹が、誇らしげに言った。
「どうやら、主を神と認識したようだぞ!」
「なんでだよ」
「輝く存在が、高所に浮かんでおるからではないか!」
「確かにな!お前のせいだよ!」
俺は、額をつける小鬼族たちを、頭上から見下ろした。
「かみさま、ちいさいでち」
「でも、ひかるでち」
「かみさまでち、かみさまでち♪」
みんな、俺の腰くらいの背丈しかない。それが俺を「小さい神様」と言っている。
「……誰が小鬼じゃい!!!!!!!」
ツッコミは、虚しく森に響き渡った。




