2話 ご冗談を〜!
静寂を破ったのは、場違いなほど明るい声だった。
「いやー!すごいっすね、殿!」
声の主は――鍬鍬だった。木の柄が蛇のように、刃の部分が鋭い指のある手に変わった、あの鍬だ。なのに、声は妙に軽い。
「殿の力で、俺たち、こんなに立派な姿にしてもらえて!感激っす!」
「うおおおお!殿!俺も!俺も見てくれえええ!この筋肉!最っっっ高だ!!!」
柵の魔物が、自慢げに太い「足」を見せつけてくる。声も態度も、やたらと大きい。
……いや、待て。
「待って。なんで喋ってるの。なんで普通に会話できてるの。お前ら、さっきまで俺を食べようとしてたよな!?」
「いやー、歓喜をあげて、感謝の抱擁をしようとしてたわけで〜!俺たちの”主”なんすよ!」
「は?」
「は?、じゃないっす!感謝しかないっすよ!ただの鍬だった俺に、こんな立派な体と”言葉”を与えてくれたんすから〜!」
御座の魔物だけは、何も言わず、ただ静かに俺の様子を見ている。あの大きな口は、笑っているように見える。
……いや、もう、何から突っ込んでいいのか分からない。
「あー……うん。とりあえず、はっきりさせとくけど」
俺は立ち上がり、努めて冷静に言った。
「俺はお前らの主人じゃない。ならないからな。絶対に」
「「ご冗談を〜!」」
鍬と柵が、明るく笑いながら即答した。柵なんかは、足の筋肉を見せつけるようにポーズを決めている。それ意味あんのか?
「いや、冗談じゃなくて」
「殿、これから一緒に行きましょう!俺たち、なんでもやりますよ!」
「いや、一緒に行かない。お前らは……」
言葉を選びながら、俺は後ずさる。
「お前らは、村にとって”魔物”なんだよ。俺と一緒にいたら、また誰かを傷つけるかもしれない。だから――」
「大丈夫っす!殿の指示があれば、俺たち、誰も傷つけないっすから♪」
「いや、そういう話じゃなくて……」
話が、まったく噛み合わない。
押しても引いても、二体は嬉しそうに俺の周りをぐるぐる回るだけだ。御座だけは、変わらずゆっくりとついてくる。
……だめだ。これ以上は、時間の無駄だ。
俺は、深く息を吐いた。
「……お前らそこにいろ。いいか?動くなよ?」
「了解っす!」
「承知!!!」
鍬と柵が、その場でビシッと姿勢を正す。
柵、そのポーズはなんだ。
御座も、静かにその場に座り直した。
その隙に、俺は踵を返し、足音を立てないように、その場を後にした。
「全く……何で俺がこんな目に……」
頭をかきながら、林の中をひたすら歩く。
誰もいない。静かだ。
ようやく、少し落ち着いてきた。
――その時だった。
前方の藪が、大きく揺れた。
次の瞬間、巨大な熊が、藪を突き破って姿を現した。
ただの熊じゃない。爪が異様に長く、口からは尖った牙が何十本も覗いている。
「――」
考える前に、体が動いた。俺は来た道を全力で引き返す。
「うわっ!」
背後から、何かが空気を切る音。
肩に、熱い感覚が走った。
「いっ……!」
爪が、肩を浅く切ったらしい。痛みより先に、血の感覚が伝わってくる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばい
走る。とにかく走る。
足が枝に引っかかり、何度も転びそうになる。背中にも、もう一発――衝撃が走り、俺は地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。立ち上がろうとした瞬間、熊の太い左前足が、俺の体を地面に押さえつけた。
あー終わった。ジ・エンド。
巨大な右前足を振り上げている。
俺は――もう、何も考えられなかった。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
その瞬間。
大きな影が、熊に向かって飛びかかった。
豪ッ
振り上げた熊の腕は消えていた。
一体どこに。
先ほど通り過ぎた影の方を見る。
御座の魔物が、熊の右前足を咥えている。
…え。強くね???
間髪を入れず、鍬の魔物の指が、熊の右前足を切り裂いた。
お前も強いんかい。
最後に、柵の魔物の太い足が――熊の腹に、思い切り叩き込まれた。
ドン、という大鼓を叩いたような重い音と共に、熊の体に、まるくぽっかりと穴が開く。
いや――その部分自体が、消し飛んでいた。
一瞬だった。
戦闘が始まって、終わるまで、ほんの数秒。
俺は、地面に座り込んだまま、その光景を見上げていた。
三体の魔物が、ゆっくりと俺の方を向く。
そして、再び、静かに、深く、頭を垂れた。
「殿に、命を与えられた」
初めて、御座が喋った。低く、落ち着いた声だった。
「殿の御身を守るのが、我々の喜び」
鍬が、いつもの明るさを残しながらも、どこか真剣な声で言う。
「……仕えることを、許してほしい」
柵が、静かに、頭を下げたまま言った。
俺は、何も言えなかった。
肩の痛みが、じわじわと広がっていく。
――もし、このまま振り切って一人で行ったら。
また、俺は何かに触れて、新しい魔物を生み出してしまうかもしれない。何も知らないまま。何もできないまま。
今度は、村が、もっと大きな被害を受けるかもしれない。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……分かった」
三体が、わずかに顔を上げる。
「お前らのことは、俺が……なんとかする。だから、お前らも、勝手に暴れるなよ。絶対に」
「「「はい!!!」」」
三体の声が、森に響いた。
「絶対だぞ?絶対だからな??」
そして、三体の魔物は――改めて、深く、深く、頭を下げた。
…絶対だぞ?
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
御座の発音は、いくら。
柵の発音は、サクサクのサク。
鍬の発音は、湯葉。
三体のビジュアルについては、活動報告にて提示する予定です。




