1話 ま?
「いってらっしゃい!」
十六歳になった日、村の神社に集められた俺たちは、畳敷きの本殿に並んで座り、一人ずつ「祝福の儀」を受ける。神物の祀られた台座が、この空間を雰囲気を作り上げているのが感じられる。
神官の前に進み、ゴザの上で正座をすると、頭上に光る文字が浮かび上がる――それが、その人の魔法属性だ。
火、水、風、土、農耕、索敵、鑑定、飛翔などなど。人が想像できることは、大抵魔法として存在する。
「うっし!炎魔法だぜ!!」と自慢げに周りを見渡しながら、高らかに声を上げる彼は友だちのロイ。確かに、炎魔法は火魔法の上位種と言われている。当然の反応だな。
「次は私かあ…」
不安そうに猫背で歩きながら前に出る少女はミーア。
「冷暖の魔法…」
使い勝手の良い魔法を授かったみたいで、胸を抑え、安堵している。
冷暖魔法は、自然系の魔法に思われるが、冷風暖風の調節をするくらい。生活系魔法と呼ばれているものの一つに数えられている。
盆地のこの村にとって、最高の魔法だろうな。
みんな当たり前みたいに、どんどんと魔法を授かっていく。
俺の番が来た。
正直、期待なんてしてなかった。常識人の俺だ。地味な属性で十分。畑仕事でもなんでもやる。
神物の前で正座をする。
光る文字が、ゆっくりと浮かび上がった。
マ。
「……ま?」
一文字。
たった一文字、「マ」。
「え、待って。『マ』って…それだけ?」
誰も答えない。村の長老も、神官も、首をかしげている。前例がないらしい。
「いや…っ、おかしいだろ?!俺だけ誰も知らない魔法とか、嫌な予感しかしない――」
動揺した俺は、思わず神物を祀る、一段高い畳に、勢いよく手をついた。
本殿の最奥、神物を祀る祭壇の上段――「高御座」と呼ばれる、特別な畳だ。本来、人が触れることは許されていない。
祝福の儀の際にのみ、本殿から取り出される物だ。
「ーーーーぁ」
触れた指先から、黒い波動が広がる。
「っ!!?」
ドゴゴゴゴォォ
空気が震え、高御座が赤い光の柱に包まれる。
「一体何が起きとる!?」長老は怯え、神官は涙を流しながら手を合わせていた。
光が収まったあと、そこにあったのは――
古びた畳でできた、巨大な魔物だった。
「畳…か?」
俺は思わず一歩下がった。
ただの、分厚い畳の塊。なのに、ぶわり、と体全体が浮き上がり、ドサッと弾むように着地する。
「ぎゃあああああ!!」
最初に動いたのは、近くにいた村人だった。脱げた草履も拾わず、全速力で本殿の外へ走り出す。
「に、逃げろぉぉぉ!!!!」
「た、高御座が動いたぞ!!」
誰も俺の方を見ない。当然だ。みんな自分の命が大事だもんな。わかる。わかるよ。
いや、今はそれより逃げろ。
俺はワンテンポ遅れて、ようやく我に返った。
「ぁ――やば」
振り返ると、本殿には俺一人。
みんな、もう逃げ終わっている。
ぶわり、ドサッ。
畳の巨体が、ゆっくりと俺の方を向く。
畳の縁、本来は何もないはずの部分が、ぶつりと裂けて、長い舌がベロンと飛び出した。
「は……」
舌の先から、だらだらと涎が垂れる。
目はない。それなのに、畳の巨体は――まっすぐ、俺の方に向き直った。
「待って、高御座だよな…御座って魔物だったのか…?」
答えなんて返ってくるはずがない。
次の瞬間、畳の巨体が――大きく体をたわませると、ドザン、と勢いよく跳び、思った以上の速さで、俺に向かって迫ってきた。
「うわっ!?」
俺は、それだけ言って、走り出した。
「くそっ、どこに行けばいいんだよ……!」
神社を飛び出し、裏路地へ駆け込む。心臓が早鐘を打っている。背後からは、ドサッ、ドサッという不気味な音と、湿り気を帯びた涎の音が絶えず追いかけてくる。
逃げ込んだ先は、村の境界にある家畜場の柵だ。
呼吸を整える暇もなく、俺は勢いよく柵に手をかけた。体を支え、大きく跳躍して乗り越えようとした――その瞬間だ。
「え……?」
触れた指先から、また黒い泥のような波動が広がる。
赤い光柱が立ち、柵が生き物のようにうねり始めた。木の支柱が太い「足」に変貌し、横板が牙をむく顎へと歪む。キリッとした目が、眼光鋭く俺を射抜く。
「ば、化け物め!!」
柵の向こうで作業をしていた牧場のおじさんが、鍬を振り下ろす。
しかし、魔物化した柵の足に弾き飛ばされ、地面に転がる。
「いっ……たた……何が……」
「逃げて!」
俺は叫んだ。だが、おじさんは俺の声なんて聞いていない。
腰の抜けた足を無理やり動かし、さっきまでおじさんが持っていた鍬を掴む。これさえあれば、せめてもの抵抗が――。
手に持った瞬間、鍬がぐにゃりと音を立てた。
赤く輝いたかと思うと、刃の部分が鉄のように太く、鈍く光る鉄指のある手へと変わり、木の柄が、ぐにゃりとうねり、持ち手の先端が蛇の頭のように進化する。
「……ひっ」
握りしめる手の中で、鍬が暴れる。俺の手首を締め上げ、意志を持つかのように空を切る。
冷や汗が、滝のように流れた。
俺は鍬をなんとか振り解き、村の門まで辿り着く。
遠くで村人が叫んでいる。
「化け物だ!誰か、誰か助けてくれ!」
――俺のせいだ。
俺が触れたものが、次々と魔物に変わっていく。さっきまでただの高御座だったものが、柵だったものが、鍬だったものが――俺のせいで、誰かを傷つける。
これ以上、村の中に居座らせたら、被害は広がる一方だ。
俺を狙ってきた化け物達に、腰を抜かした時に掴んでいた砂を投げつける。
「……お前ら!おい!こっちだ!!」
村の外、林道へと続く方向に向かって走り出した。
村から離れる方へ。ただひたすら、それだけを考えて。
背後で、魔物たちが、ドサッドサッ、ドッドッドッドッ、それぞれの音を立てながら、俺を追ってくる。
林道に入ると、木々の根が地面を這うように張り出していて、足元が悪い。
どれくらい走っただろうか。気づくと、あたりは日が沈み始め、赤くなっていた。息が切れる。視界が揺れる。
――ガッ。
根に足を引っかけ、体勢が崩れた。
「しまっ……!」
正面から転び、強い痛みに顔をしかめる。
「……っ、追いつかれる!」
思わず後ろを振り返ると、柵と鍬の魔物が、すぐ目の前まで迫っていた。
……おかしい。
あいつがいない。
一番最初に出会った、ーーーーいや、生み出してしまった、高御座が。
頭上に、影が伸びた。
顔を正面に戻すと、目の前には――高御座の魔物が、ふわり、と浮いた状態で、口を大きく広げて佇んでいた。
巨大な舌が、ゆっくりと持ち上がる。
食われる、と思った。
俺は咄嗟に、両腕で頭を庇った。
――が、衝撃は来なかった。
代わりに、ふわり、と風が動いた。
高御座の魔物が、その場に――ぺたり、と地面に伏せるように、身を低くしたのだ。
「……は?」
俺は、恐る恐る顔を上げる。
巨大な畳の魔物が、まるで主君に対するように、俺の前で平らに伏せていた。
その口は、俺を食らうために開いているのではなく――むしろ、どこか嬉しそうに、笑っているように見えた。
森の中に、静寂が落ちる。
俺だけが、状況を理解できないまま、地面に座り込んでいた。
初投稿です。
ちょっとでも楽しんでいただけたら嬉しいです(^ ^)




