幕間① ヒーローズ アウトサイド
ツーフ村に、噂が広まるのは早かった。
神社の高御座が魔物と化し、村を逃げ回った。牧場の柵が、農夫を吹き飛ばした。鍬が暴れ、村の外へ魔物を引き連れて消えた少年。
翌朝には、村中が知っていた。
村長は、惨劇のあった本殿で、神官の報告を聞いていた。
窓の外には、いつも通りの村の朝がある。けれど、その景色が、昨日とはまるで違って見えた。
「……厄災、か」
村長は、静かに呟いた。
「はい」
神官は、両手を胸の前で組みながら答えた。声は落ち着いている。しかし、その目の奥に、ぎらりとした何かが宿っていた。
「祝福の儀の場で生まれた災い。我が神社から、汚れが出てしまいました」
汚れ。
村長は、その言葉を聞いて、わずかに眉を動かした。
神社の本殿には、あれから誰も近づいていない。高御座が魔物と化した祭壇は、今も荒れたままだ。倒れ落ちた神物、散らばった供物、剥がれた畳の端――誰も、片付けていない。
神官が最初にしたことは、惨状の修復ではなかった。村長への報告だった。
村長は、それをずっと、知っていた。
「神官よ。お前は今、何を考えている」
「村をお守りすること。それのみでございます」
倒れたままの神物に、神官の足が当たり、静かな本殿に、ゴトッと一音響き渡った。
村長は、深く息を吸う。
この男が考えているのは、村ではない。自分自身だ。長年神に仕えてきた自負が、今や傷に変わっている。神官国長にどう報告するか。他の神官たちにどう弁明するか。己の手から災いを生み出したという事実が、この男の頭を占領している。
だが――神官は、使える。
「ツゲルを呼べ」
ツゲルは、呼ばれた理由を、部屋に入った瞬間に悟った。
村長の顔。神官の顔。
二人とも、笑っている。けれど、その笑顔の奥に何があるかくらい、ツゲルには分かった。
村長は、村を守りたいのではない。村を存続させることで、自分の立場を守りたいのだ。
神官は、もっと単純だ。自分の保身のために、誰かを“英雄”に仕立て上げたい。その誰かが、たまたま自分だっただけだ。
ツゲルは、二人を見ながら、静かに失望した。
兄に失望した。村長に失望した。神官に失望した。
この村で、正しく物事を見られるのは、自分だけだ。
「ツゲルよ」
村長が、重々しく口を開いた。
「お前に、祝福の儀を授けたい」
「……今すぐ、ですか」
「一刻も早い方がいい。村のために」
村のために。
その言葉が、どれだけ空虚か。
それでもツゲルは、頷いた。
流れに、身を任せた。
神官の手が、ツゲルの頭上にかざされた。
光が、浮かび上がる。
告承。
二文字が、頭上に形を成して輝いた。
宣告は責任となり、自分を縛る枷となる。枷は、自分では外せない。
村長の願いが届いたのか。神官の保身が通じたのか。ツゲル自身の思いなのか。
間違いなく言えることは――ツゲルは、魔法を得た。
神官が、にこりと笑った。
「さあ、ツゲル。村のために、宣言を」
ツゲルは、二人を、静かに見渡した。
村長。神官。
誰も、正しくない。
だから、自分が正しくなければならない。
ツゲルは、目を閉じた。
そして、静かに、口を開いた。
「僕は――」
光が、強くなる。
「厄災の村人・アゲルを、殺します」
告承の魔法が、その言葉を、ツゲルの全身に刻み込んだ。
枷が、生まれた瞬間だった。
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