幕間① グランガウズ アウトサイド
転送魔法を使い終えた直後、ガラナはその場にへたり込んだ。
「……いやあ、さすがに堪えましたわ。今日だけで何回使ったと思ってるんすか……」
独り言のように呟きながら、地面に大の字になろうとした、その瞬間。
「報告に向かうぞ」
ベルトルトの声が、頭上から降ってきた。
「え゛っ」
「調査報告が任務だ。今から向かう」
「いやいやいやいや〜、ちょっと待ってくださいよベルさん、俺、今マジで限界なんすけど……」
「ダルズ、歩けるか」
「……はい」
ダルズが、静かに立ち上がった。
ガラナは、二人の顔を交互に見た。
「……あ"ー、もう!!」
重い体を、無理やり起こした。
傭兵団のギルドは、樹海を抜けた先の街に拠点を構えていた。名をグランガウ傭兵団。平原が広がる大都市『グラン』の名を冠している。
バルツは、三人が戻ってくると、いつも通りの笑顔で出迎えた。
「おっ、早かったじゃないか。どうだった?」
三十歳にしか見えない顔に、屈託のない笑みを浮かべている。
ベルトルトが、一歩前に出た。
「報告します」
「ああ、聞かせてくれ」
バルツは、椅子に深く座り直した。足を組み、顎に手を当てる。興味深そうに、目を細めた。
ベルトルトは、淡々と話し始めた。
「マ」属性の村人。触れたものを魔物に変える力。三体の魔物、そして調査中に新たに生み出された四体目。治癒の力を持つ蔦の魔物。均衡魔法をもってしても、三体相手に時間稼ぎが限界だったこと。
バルツは、一度も口を挟まなかった。
ただ、話が進むにつれて、目の奥が少しずつ変わっていった。笑みはそのままに、その奥に、静かな光が灯っていく。
「……それで」
ベルトルトが話し終えると、バルツは静かに口を開いた。
「お前たちの見立ては?」
「三等級傭兵三人では、対処できる相手では、ありません」
ベルトルトは、迷いなく答えた。
「ガラナは?」
「……同意見っす」
珍しく、ガラナが真面目な顔で頷いた。
「ダルズ」
バルツの声が、少しだけ柔らかくなった。
「お前は、どう思った」
ダルズは、少し間を置いた。
「……厄災、と呼ばれていました。でも」
振り子を握る手が、わずかに動いた。
「……あの人は、俺を傷つけなかったです」
バルツは、その言葉を聞いて、ふっと笑った。
「そうか」
椅子から立ち上がり、伸びをするように両腕を上げる。
虎鉄尾傭兵団の本拠地は、この国で最も大きなギルドだ。
盗賊狩り、街の治安維持、村からの依頼――迷宮探索のような派手な仕事より、地に足のついた任務を積み重ねてきた結果、今の規模になった。魔物による大きな被害が数年に一度しか起きないこの国では、それで十分だった。
少なくとも、今日この報告を聞くまでは。
「等級3じゃ足りない、か」
三人は、黙って団長の背中を見ていた。
「依頼先の村の名前は何だったか…」
「はい」とベルトルトが答えた。「ツーフ樹海の奥にある村です。ツーフ村と呼ばれているようで」
「ツーフ村……」
バルツは、その名前を一度だけ繰り返した。
それきり、しばらく何も言わなかった。
窓の外には、何事もない、穏やかな街の夕暮れが広がっている。
この国で、戦争はない。魔物の大きな被害は、数年に一度。
それでも。
「面白いな」
バルツが振り返った時、その顔にはいつもの笑みが戻っていた。
けれど三人は知っている。あの、目が笑っていない時のバルツは――本気で動く時だ。
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