96話
午前8時15分です。
水をたくさん飲んで、身体を動かしたクライネ師匠は、だいぶ体調が戻ったようだ。
お腹が空いたというので、〈アイテム〉にあったサンドイッチなどを渡した。
立ったまま食べているけど、まぁ、良いか。
それにしても、本当に食事を含め、お屋敷のことを任せられる人がいて欲しい。
執事とか、メイドとか。
雇えないかな?
でも、こんな森の中まで来てくれる人……いないか。
憧れなんだよな、執事とメイド。
うーん……。
奴隷という手段もあるには、ある。
オレは奴隷に関して、思うところがないわけではない。
酷い扱いを受けている奴隷を、この世界に来てから街中で見たことはあった。
ただ、だからといって、その奴隷のために何かしよう、とかは考えなかった。
この世界の、少なくともこの国では、奴隷制度が成り立っているわけで、それをどうこうしようとかはない。
日本のブラック企業とかだって、奴隷とたいして変わらないと思うし。
それを変えるのは、政治の話になるよね。
オレには、縁のないことです。
だから、仮に奴隷を使うなら、せめて待遇をそれなりに良くして、お互いに気持ち良く働いてもらいたいと思う。
それなら、ただの雇用だからね。
……偽善ではあるが。
まぁ、それ以前に、先立つものがないんですけど……。
「ラムダ! ぼんやりするな! 続きじゃ!」
おっと、今はそれどころではないな。
気を引き締めて、取りかかろう!
予定では、技の習得なのだが、まだまだ基礎を習う。
いや、ある意味においては技か?
剣の太刀筋というのは、九通りある。
上から下。
右上から左下。
右から左。
右下から左上。
下から上。
左下から右上。
左から右。
左上から右下。
さらに、突きを加えた九つだ。
基本的にこの九種があり、あとは各々の流派によって、変化させたりしている。
が、とにかく、この九種ができなければ話にならない。
基本にして奥義、とは良く聞く言葉だ。
だから、素振りをして、さらに型として足さばきを交えて、身体に覚えさせていく。
また、防御として、受け流し、パリングについて教わる。
クライネ師匠の流派では、受け流しとパリングはちょっと違うらしい。
乱暴な言い方だが、受け流しは、相手の攻撃を剣で受け、その勢いを刃で滑らせ流す、というもので。
パリングは、相手の攻撃に対して、こちらの剣で撃ち弾く、というものらしい。
ちなみに、オレと師匠が初めて戦ったとき、オレは師匠の攻撃を受け流していると思っていたが、師匠に言わせると、あれは力任せに弾いていたようだ。
……なんか、恥ずかしい。
受け流しとパリングだが、状況によって使い分けるようだ。
どっちが優れている、というものでもないらしい。
ただ、パリングは剣を傷めて壊れやすくなってしまうので、気を付けないとならない。
もっとも、相手の剣を破壊させることもあるので、使い方次第になる。
また、防御に関して、そもそも、相手の攻撃を受けずに避けた方が良いのは、言うまでもない。
受け流しにしろ、パリングにしろ、避けられなかった場合の対抗手段なのである。
キチンと、相手の攻撃を見極め、見切りの技術を身に付ける必要がある。
先はまだまだ長い。
午前10時。
クライネ師匠との模擬戦だ。
模擬戦といっても、剣の実力は天と地ほどの差があるので、まずはオレが師匠にひたすら攻撃する。
師匠はそれに反撃せずに、回避するだけだ。
師匠が回避できずに防御したら、オレの勝ちとなる。
そんなのいつになることやら……。
続いて、今度は逆に、師匠の攻撃をオレがひたすら防御する、というものだ。
全ての攻撃を防御できたら、オレの勝ちとなる。
最初は余裕があるのだが、徐々に師匠の攻撃が鋭く、激しくなり、そして、最終的に受けきれず、ボッコボコにされた。
防具を身に付けてはいるが、物凄く痛い。
鎧を越えて、芯に響くような痛みだよ……。
怪我はすぐに治る。
しかし、この痛みはなかなか消えず、いつまでも残り、それによって身体が萎縮してしまい、また攻撃を受ける。
その繰り返しです。
これは……しんどい。
2時間ほど、攻撃と防御を交互にしたが、全く歯が立たない。
ちょっと落ち込みそうだ。
「ふん。あたしがもう何年、剣を振ってきたと思っている? そのあたし相手に、たった一日で、どうにかできるとは思わないことじゃ。
お主が今するのは、落ち込むことではなく、どうすれば良いのか、ひたすら考えることじゃよ。
そして、その考えをとにかく実践するんじゃ」
厳しいのか、優しいのか、よくわからないアドバイスですね。
考える……。
難しいです。




