95話
午前6時10分。
とりあえず朝食は、待っている間に食べた。
そうこうしているうちに、時間が過ぎてもクライネ師匠が起きてこなかったので、オレは呼びに行く。
師匠は、食堂のテーブルに突っ伏して寝ていた。
若干、酒臭い。
何本かゴロゴロ空き瓶が転がっているが、まさか一人で全部飲んだのだろうか?
……しょうがない。
ディーネ、師匠のアルコールを抜いてくれない?
血流を操作できるなら、多分できるはず。
えと、血中のアルコールを分解して、それから、アセトアルデヒドも減らしてくれれば、大丈夫かな?
うん、解毒のイメージで。
「……ぬ、うむ、ふぁあ……なんじゃ、これは……?」
「おはようございます、師匠」
どうやら、うまくいったようだ。
……オレも酒は嫌いなほうではないので、こんな強制的にアルコールを抜くやり方はどうかと思うが、そもそも稽古が云々、時間が云々を言い出したのは師匠なので、キチンと責任はとってほしい。
「すまん、寝過ごしてしまったようじゃな……。
では、外に行くか……」
完全には、アセトアルデヒドがなくならなかったようで、少し二日酔いみたいだな。
朝食どころではないようだし。
まぁ、これに懲りて酒量を減らしてくれれば良いかな、と思う。
「では、始めよう。
といっても、昨夜の続きじゃ。
まずは、素振りから。始め!」
木剣で素振りをする。
正しい動作を意識するが、やっているうちにズレていくようで、その度に師匠に修正される。
その部分を意識すると、今度は別の部分が、という感じになってしまう。
そして、全体を意識すると、振りが遅くなったりと、なかなか難しい。
とにかく、一振り一振りを雑にせずにこなすこと。
師匠はそう言うが、うまくできないな……。
いや、こういう思考が雑念なのだろうか?
振り上げて、振り下ろす。
振り上げて。
振り下ろす。
振り。
上げて。
振り。
下ろす。
動作を細分化して無駄をなくし、最適化する。
無駄な動作を減らして、それでもなお、無駄を減らす。
嗅覚、聴覚、味覚、触覚、視覚、そして思考。
いや、何もかもなくしては駄目だ。
必要なものは残さないと……。
剣を振っている自分。
その剣の軌跡。
斬り裂く音。
空気の振動。
その揺れに触れる肌の感覚。
全てが混じって交わって。
あれ?
なんか……息苦しい──
「馬鹿者。
呼吸まで止めるな」
頭を師匠に小突かれて、素振りを止める。
ふはー……。
やっば。酸欠になってたみたいだ。
なんか、変な思考になってたな……覚えてないけど。
気を付けよう。
ふむ。
目の前に何もないから、変なことを考えるのかも。
シャドウボクシングじゃないけど、仮の敵を想定して、それに打ち込むようにしてみよう。
では、再開。
うん。
人だとアレだから、微かに覚えている下級悪魔を想定してみました。
こいつの頭に剣を叩き込み、顔が歪むのを想像する。
ビシッと決まると、頭が吹き飛ぶ。
あまりうまくいかないと、ニヤリと笑いやがる。
吹き飛ぶ。
ニヤリ。
ニヤリ。
くっ……。
想像の中なのに、なんかムカツク。
こんにゃろ!
「乱れているぞ」
また師匠に小突かれて、冷静になる。
はふー。
落ち着け。
吹き飛ぶニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き飛ぶニヤリニヤリ吹き飛ぶニヤリニヤリニヤリ吹き飛ぶニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶニヤリ。
くそ。
吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き飛ぶニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き飛ぶ。
よし。
ニヤリニヤリニヤリニヤリ吹き飛ぶニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶニヤリニヤリ。
ぐっ。
ニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き飛ぶニヤリ吹き飛ぶ吹き飛ぶ吹き──
「そこまで」
アレ?
「雑念があるようじゃ。まぁ、始めたばかりじゃから仕方ないが、次から気を付けろ。
では、昨夜教えた型のおさらいじゃ。始め!」
なんだったんだ、今の?
……ゲームをしているみたいだったけど。
大丈夫かな、オレ……?
「そこまで。少し休憩じゃ」
ディーネが水とタオルを持ってきてくれたので、ありがたく受け取る。
ふぅ、冷たい水がウマイ。
型をおさらいしているときは、素振りのときのように、変なことにはならなかった。
……酸欠で、頭がおかしくなってたのかな?
ちょっと不安だ。
ん?
なに、ディーネ?
ふむ?
さっきオレの魔力が暴走?
お屋敷の地下の機能──魔法VR装置だっけ──と合わさって、おかしな現象が起きていた、と?
あー、それでかー。
なんか変だと思った。
なら、次から気を付けないと。
また同じようになったら、師匠に怒られそうだ。
素振りに集中できてないわけだからな。
いや、地下を【結界術】で隔離しておこう。
魔力を通さないようにしておくだけだが、それで次からは同じようにはならないと思う。
あんなゲーム感覚でいたら、稽古としてはいけないよね。
ちゃんとやらなければ!




