懐にはクッキーがひとつ
「食べさせたのは昨日の夜。うまそうに食うから良いもの買ったって喜んでたら、朝になってすげぇしんどそうなのよ。多分クッキーが腐ってたんじゃないかな」
「……ちなみにそのクッキーまだ持ってますか?」
「お、まだあるよ。医者に見せれば分かるかと思って持ってきたんだ。結構量があるからあんたにもあげるよ」
男は懐から小さな紙袋を取り出した。中を見てみると確かにクッキーらしきものが見える。個包装されてるらしいその1枚をヴァンはもらった。……もらってどうするつもりだ?
「……受付番号1078番、テッド・ロビンソンさん。診察室へお入り下さい」
「お、呼ばれたわ。悪いね、先に診察受けてくるよ」
「また会うかもしれません。握手しておきましょう」
診察室へ入ろうとするテッドをヴァンが呼び止めた。不思議そうに首を傾げていたが、テッドは手を差し出しヴァンと握手してから診察室へ消えていった。……ヴァンは今日どうしたんだろ?
そんなことを考えているとさっきテッドが入って行った隣の診察室がガラリと開けられた。中から看護師が出てくる。周囲を見渡すその看護師と目が合った。彼女はまっすぐにネロを見て口を開いた。
「……受付番号1079番、ネロ・プリズマンさん。診察室へお入り下さい」
「あ、はい」
とうとう順番が来たようだ。ネロは浮かんだ疑問を一旦忘れて診察へ集中することにした。学校を休み、半日待った診察なのだ。無駄な時間にはできない。ネロはさらに熱を持ち始めたクロを抱えて診察室へ向かった。
診察室は簡素な作りになっており、器具がかなりの数並べられている。医者だというおじさんがまずいくつかネロに質問した上で、器具をひとつずつ使って丁寧に確認していった。10分程度で診察は終わり、結論が出たようだ。
「……魔力風邪だね」
「マナカゼ?」
「そう魔力風邪。まだ成長しきっていない小さい魔物が過剰な魔力に当てられ続けるとなってしまうことが多い。……心当たりは?」
「……あるな」
「それじゃあ原因はそれだね。それなら薬ですぐに良くなるから安心だ。薬飲んで半日もあれば治るね」
医者はにっこり笑ってそう断言した。専門家にこうして断言してもらえるとかなり安心できる。さすがはキダルのかかりつけ病院だ。
医者は看護師から薬を受け取ると水と一緒にクロに飲ませた。粉薬のようで少し苦いのかクロは飲んだ後しばらくなんとも言えない顔をしていた。
「同じものを寝る前にも飲ませる。それでぐっすり眠れば無事完治さ。もし次同じようなことがあったら、その日のうちに魔力を発散させてあげるんだよ」
「……はっさん?」
「派手な魔法とかで思いっきり使ってあげるんだよ。そうすれば過剰に当てられた魔力もどっかに行くからね」
へぇ、良いことを聞いた。話を聞く限りよくある病気らしいし、毎回薬をもらいに行くのも正直面倒だと思ってたんだよな。これで魔力風邪はもうおさらばだな。
「……ところでひとつ質問が」
「質問?」
「待合室に風属性の魔物が多かったように思うのですが、何かあったんですか?」
どうやらヴァンはずっとこれを気にしていたようだ。まあクロの診察は終わったからネロは別にヴァンの態度は気にならない。それにネロもそれは少し気になっていたのだ。
「……あんまりそういうこと答えちゃいけないんだよ。まあこれくらいなら大丈夫か。うん、多かったね」
「症状は同じでしたか?」
医者の目が大きく見開かれ、真顔になる。そんなことを気にしてどうする。医者の表情はそう言っていた。ネロもそう思う。そんなことを気にしてどうするつもりだ?
「……どうしてそれを?」
「好奇心です。見る限りでは全員同じ症状に見えましたから」
好奇心。ヴァンのその言葉に医者の目つきが鋭くなる。まるで値踏みするようなそんな目つきだ。ヴァンはその視線をまっすぐ見ながら懐からあるものを取り出した。……先程のクッキーである。個包装のそれを見て医者はにんまりと笑った。
「……それはどこで?」
「ついさっき、隣にいた患者からもらいました」
ふぅんと医者は呟いて席を立った。どこへ行くのかと目で追うと、どこか見覚えのある紙袋を持って戻ってきた。表情は真顔である。
「これでしょ? 今日最初に来た患者も同じものを持ってたね」
「体調不良の原因はそれではないかと」
「知っているさ。こいつは医者泣かせのクッキーだよ」
医者泣かせ? どういう意味だ?
ネロが眉をひそめたその時、医者は紙袋をグシャリと潰して放り投げた。やり場のない怒りがこもっている気がした。
「医者からすりゃあこんな得体の知れないものを与える気が知れない。そもそも魔物によって食べられるもの、食べられないものと色々あるんだ。……あんたならよく知ってるだろう?」
医者はヴァンを見てニヤリと笑う。ヴァンが魔族であることはもう知っているらしい。いつの間に索敵魔法を使ったのだろう?




