視線誘導
「魔法を撃つのに必ずしも杖が必要ないってのは何となくだけど分かった。だったら尚更不思議だ。魔石に魔力を通せば光るんだろう? わざわざ魔法を撃つと宣言して意味なんてあるのか?」
魔法の威力や速度が高まったとしても、発動すると事前に分かったならば対策はよほどのことがない限り簡単である。それならば杖を使わずに不意打ちを狙った方が効果的なのではないか。というのがネロの考えだ。
「断言しましょう。あります」
「断言するほど?」
「ええ、主様の考えは素晴らしい。ですが、戦いというのはもっと奥が深いのですよ。不意打ちと同じくらい魔法の発動を相手に知らせるのは意味があります。ましてや効果が増大するのなら、やらない手はありません」
ヴァンの言う意味がネロには分からなかった。いつのまにか隣にはキダルが立っていた。教えてくれるのかと思ったが、顔の向きはヴァンに向いている。……どうやらキダルも教えてもらいにこちら側へ来たようだ。
「視線誘導という概念があります」
「しせんゆうどう?」
「実際に体験してみるのが早いですかね。主様、杖をお借りしても?」
断る理由はない。ネロは杖をヴァンに渡した。ヴァンは杖を受け取るとすぐさま魔力を流した。
「……ポイズンスコール」
オニキスが強く怪しい光を放つ。ヴァンの背後には見たこともないほど大きい、しかも毒々しい紫色の球体が現れた。それはヴァンの頭上遥か高くに浮上していた。
「広範囲の攻撃魔法になります。触れば猛毒におかされますから全力で逃げて下さい。さ、早く逃げて下さいませ」
ヴァンはニコニコ満面の笑顔だ。ネロは遥か上にあるその毒玉を見上げた。10メートル以上ある高さからその球体は弾け飛んだ。大粒の毒の雨が意思を持ってネロたちに襲いかかる。逃げなければ、ネロはとりあえず距離を取ろうと後ろへ振り向いて駆け出そうとした。
……が、振り向くことはできない。足が動かないのだ。いつの間に発動させたのかシャドウバインドによってネロの両足は拘束されていたのだ。
いつの間に? とヴァンの方を見やる。ヴァンの姿はどこにもない。困惑の中でもポイズンスコールは防がなくてはならない。ネロは魔障壁を発動させた。
結果的にネロは一切ポイズンスコールに触れなかった。ネロの魔障壁の外側にもっと強固な魔障壁が展開されていたからだ。魔障壁を発動させたのはいつの間にか背後で腕を組んでいたヴァンである。
「これが視線誘導です。主様、一連の流れの中で私がいつ主様の背後へ回ったかお分かりになられますか?」
ネロは力無く首を横に振るしかなかった。ネロの横でキダルは苦笑いを浮かべ頭を掻いている。飛び散った毒の雨は煙を吐きながらコンクリートの床を少し溶かしていた。
「……ヴァン、視線誘導の説明にしてはちょっと本気すぎやしませんかい?」
「主様は賢明でいらっしゃいますから本気で殺しに行くくらいが一番学びになるかと。まああれでも本気ではありませんが」
「あれで本気じゃないのかよ、……恐ろしいな」
キダルは小さく呆れ顔だ。もし自分がネロだったらどう防いでいたか、恐らく結果は同じことだ。多分自分もポイズンスコールに気を取られ足をしっかり拘束されていたに違いない。まったく恐ろしい話だ。
キダルは真横で見ていたから何が起こったかよく知っている。一連の流れはこうである。
まずポイズンスコールを発動させる。規模の大きい魔法を見せつけ、その上で効果の危なさを強調。逃げなければまずいと思わせる。しっかり逃げ切るためにポイズンスコールを注視することになる。
するとヴァン自身への警戒が下がる。指でこっそりと影を差してしまえばシャドウバインドが発動、知らぬ間に拘束が完了する。
そしてネロの視界は上と下に集中する。前は意識から消えている。だから音さえ立てなければ、影移動すら必要なくネロの背後を取れる。やりたい放題だ。
「私が戦闘で心がけていることがひとつあります。相手を決して見失わないことです。何かから逃げなければいけなかったとて、今戦っている相手から決して目を逸らさない」
……それは無理では? それってさっきの話で言えばヴァンから目を離さずにメテオスコールを全部避けろってことだろ? 不可能だと思うんだけど。
「無理ではありませんよ。無論回避できるものは回避に徹するべきですが、中には回避しきれないものもあります。ポイズンスコールのような広範囲の攻撃魔法は全弾回避がほぼ不可能。それなら無理に回避するよりも大体が回避できたら魔障壁で防ぐ。相手からは決して目を離さない。……これならいかがですか?」
……そう言われると出来そうに聞こえてくるから不思議だ。魔障壁で防げるのなら確かに無理に回避する必要はないだろう。
ただ魔障壁で防げるかどうかの判断は難しいのではないか?
「範囲と密度を間違えない限りは、魔障壁は最強の防御ですね。もし魔障壁で防げないのなら、どう策を練ってもその相手には勝てません。だからその場合を考えなくてもいいのですよ」




