杖の存在意義
今回はデモンストレーションですので、とヴァンはすぐにネロを解放した。ネロは杖のオニキスが怪しく光るのとヴァンが杖の先で地面を突くところしか見ていない。縛られたのはあっという間だ。幾度となく見た魔法だが食らうのは初めてである。やはり恐ろしい魔法だ。
「今のシャドウバインドは……、速度が底上げされたのか?」
「ええ、そうです。倍近くの速度でしたね。ペンダント同様にこのオニキスも大変質が良い」
ヴァンは杖をしみじみと見てニンマリと笑っていた。光を遮るなら魔晶、つまり魔晶の良し悪しは大小が同じなら色が濃いかどうかである。あのオニキスは光をすべて飲み込んでしまうような漆黒だった。そう考えるとかなり質が高そうだ。
「さて、次は主様の番ですよ」
ヴァンは笑顔のまま杖を差し出してきた。手にはずしりとした重量感。オニキスを覗き込むとなんだか吸い込まれるんじゃないかと錯覚してしまう。それだけ色が濃いということか。……しかし俺の番だとヴァンは言うが、何をするんだろう?
「この杖は闇属性魔法の効果を底上げしますが、別の属性でもそれなりに効果を高めてくれます。今から私が主様を攻撃しますから主様は魔障壁で守って下さい」
「……え? は?」
「いきますよ。……ダークジャベリン」
ヴァンはまっすぐネロを指差した。背中に作られ始めたのは浅黒い紫色の槍、このままだとまっすぐにネロへ飛んでくる。
杖を構え、ひとつ息を吐く。ヴァンのダークジャベリンはネロのものよりもずっと大きく鋭い。あんなものが突き刺さったらひとたまりもない。
ネロは杖に魔力を込め、地面を突いた。オニキスが怪しく光り輝く。人1人が入るくらいの大きさの魔法陣が瞬間に形成され、魔障壁がすぐに出来上がる。その防御力は凄まじく、ヴァンのダークジャベリンを何事もなかったかのように受け切ったのだ。
「……お見事。さすがは主様、完璧ですね」
「いきなりでびっくりしたが、なんとかなるものだな」
「魔障壁は外からの衝撃にかなり強いですから防げるのは当然と言ったところです」
外からの衝撃に強いということは、内からの攻撃にはあまり効果がないということである。魔障壁の内へ影響を持てる魔法といえば、……シャドウバインドか。ヴァンは味方だからいいとして、どうやってシャドウバインドを防いだらいいんだろうな。……それに、
「おや? 何かありましたか?」
「ねぇ、ヴァン。オニキスが光るのはいつもなの?」
ヴァンは一瞬虚をつかれた顔になり、すぐににんまりと笑った。笑顔の意味が分からずネロは少したじろいだ。
「杖に埋め込まれた魔晶は基本的に魔力が注がれると光るようになっています。……ちなみに主様はなぜそれを気にされているのです?」
「……魔法を撃つぞと言ってるみたいで嫌だなと思って」
ヴァンはさらににんまりと笑った。笑顔の意味がイマイチ分からずネロは戸惑った。後ろを振り向くとキダルは感心した表情をしていた。これも理由が分からなかった。ただ、自分の言っていることが何かしらの芯を食っているのではないかというのは分かった。
「それではまず前提の話をしましょう。杖は魔道具の一種です。魔法を撃つのに必ずしも必要な訳ではありません」
「……あれ? そうだっけ?」
「主様もよくご存知かと。例えば飛行魔法は杖を必要としませんよね?」
言われてネロはハッとなった。そういえば確かにそうである。飛行魔法の発動は簡単だ。背中に魔力を込めるだけで発動できる。杖を持っていようが持っていなかろうが関係ない。
「それに、先程私が発動させたダークジャベリンは杖を使ってません」
「確かに」
「杖は魔法の発動を補助する役割を持つのです。導線、簡単に言えば魔力の通り道ですね。それをイメージしやすくするのですよ」
ネロは何となく理解できた。杖の先を目標に向けることで魔法の発動を助けている。ヴァンが言いたいことはそういうことだ。
ここでネロは思考が止まった。今ネロの手元にある杖。ヴァンはこれを地面に突いて魔法を発動させた。
しかし魔法が発動したのはネロの影。杖の先はそんなところには向いていない。……どういう理屈だ?
「主様、もう一度言いますよ。杖は魔法の発動を補助する役割、魔力の通り道をイメージしやすくするものです」
「……通り道。入り口と出口がある?」
「ええ、良いイメージです。真逆だったり全くの見当違いなら事故になりますが、その道がイメージできるのなら杖はどう使っても魔法を発動させられます」
「何なら杖がなくても……いい」
「そういうことです。うまくイメージが掴めれば指1本あれば魔法が発動できますよ」
ヴァンはそう言って微笑んだ。根気よくヴァンが説明してくれたのでネロは杖に対する理解が、魔法に対する理解が深まった気がした。
しかしこれはあくまで前提の話である。ネロが知りたいのはこの先だ。




