神の力
……おかしい、何かがおかしい。私はただ神に関心があるという人を研究所へ案内しただけのはずだ。それがどうしてこんなことになる?
ケイはひとり研究所で焦っていた。目の前には臨戦態勢の魔導士が3人。研究員はいつのまにか散り散りになって逃げている。
万事休すか。この状況を打開するならばもうあと一手しかない。まだ不完全だが仕方があるまい。
にじりよる3人から逃れるように動きながら、ケイは壁際のとあるボタンに手をかけた。このボタンは緊急用に作られた脱出機構だ。押せばガラスが割れ神が自由に動けるようになる。ケイはそのボタンを力任せに押し込んだ。
赤いランプが激しく点滅し始めた。けたましいサイレンも鳴っている。ガラスは派手な音を立て壊れ、中のスザクが解き放たれたように叫び声を上げた。耳を塞いでいなければ鼓膜がちぎれるほどのうるささである。
エドワードとキダルは顔をしかめ、他の3人は逆に笑みを浮かべた。うるさく感じなかった訳ではない。それ以上に嬉しかったのだ。
ケイを倒すのは当然のこと。そしてスザクもまた倒さねばならなかった。だがガラスに阻まれていては攻略が難しい。それが向こうから解放してくれたのだ。これ以上に喜ばしいことはない。
「神を信じない愚かものよ。神の力を思い知れ」
ケイの目は血走っている。最早冷静さはカケラもない。幻獣研究所のトップがこれでは聞いて呆れる。ネロは迎え撃つため杖を構えた。
「愚かものはどちらなのか。ともかくこれで戦いやすくなりました」
「ヴァン、ポイズンハザードの時みたいに縛れるか?」
「やってみましょう。……シャドウバインド」
スザクの影からヴァンの魔力が伸びる。ポイズンハザードよりも大きな体だが、ヴァンの魔力はみるみるうちにからだ全体を縛りつけた。
スザクは目を見開いて抵抗し始める。しかしシャドウバインドの縛る強さは強く、もがいてももがいても逃れることはできなかった。あっけないものだな。ネロは真顔でスザクを見つめた。
「神の力を、……舐めるな!」
当然ケイがそう叫んだ。杖はネロたちではなくスザクの方に向いている。スザクはまたけたましい声で鳴いたかと思うと、急に全身を燃やし始めた。
炎はスザクのからだ全体をシャドウバインドごと覆いつくす。全身が燃え尽き灰になって消えた。縛るものが無くなったシャドウバインドは消えた影と共に霧散して見えなくなった。
「神はそんなものに縛られはしない。何度でも何度でも蘇るのだ」
「……なるほど、これは厄介だ」
ヴァンがニヤリと微笑みを浮かべた。灰となったスザクはまるで意思を持っているかのようにうごめき始めた。やがてそれは大きな鳥のシルエットをかたどり、何事もなかったかのようにスザクが姿を現したのである。
「無限再生能力。それが神の持つ固有魔法。自らの炎で焼いた肉体はすぐに何事もなかったように再生する。これが神の御業よ」
ケイは勝ち誇った表情だ。聞いてもいないのに何が起こったのか詳細に説明をしている。おかげでネロたちはどういう能力か充分に理解できた。
ネロとギルド長を手で制し、ヴァンが一歩前へ出た。どうやら攻略方法を見つけたようだ。それならヴァンに任せよう。無言で頷いて2人は一歩後ろに下がった。
ヴァンはまず顔につけている薄い魔力の膜を引っ剥がした。ヴァンパイアグレイスとしての顔が現れる。ケイがその顔を見てたじろいでいたが、そんなことはどうでもいい。
なぜ変身魔法を解いたか。それは今からやろうとしていることを悟られぬためである。ヴァンが取り出したのは小さなリング。ちらりとしか見えなかったがネロも見たことがありそうだ。
「……ひとつ質問が。魔法によってスザクを擬態させているのはあなたで間違いありませんか?」
「……それがどうした? 無限再生能力がある限り、神は決して負けない」
まあ確かに何事もなかったように再生されると厄介ではある。しかしそれは固有魔法の効果である。それが攻略の糸口だ。
今私の手元にあるリングはリチャード先生の部屋からくすね……、もらって来たものだ。装着すれば中級以下の補助魔法を全て無効化してしまう恐ろしい代物。これを術者に装着させるのだ。
神に勝つことなどあり得ない、と油断しているケイにリングを着けさせるなど造作もない。身を隠していればいいのに堂々と立っているのだから、狙ってくれと言っているようなものだ。
シャドウバインドで抵抗できないように縛りつける。指先ひとつ動かせないほど縛りつけたらあとは簡単。その指にリングを着けるだけ。これだけで補助魔法は全て無効化される。
リングの効果は絶大である。着けさせた瞬間、シャドウバインドが弾け飛ぶ。スザクは塵と化し翼の生えた人間の死体が塵の中から現れた。当然、無限再生能力は不発である。




