寮には魔物がいっぱい
日もどっぷりと落ち、翼竜に揺られること数分。ネロはスレイブ寮の前に連れてこられていた。森の中にたたずむ赤いレンガの巨大な建物。オリエント空港よりも大きい。いったいどれだけの人がここで生活をしているんだろう。底知れなさに今更ネロは驚きおののいていた。今日からネロもこの建物に住むのだ。
赤レンガでできたシャレた建物。スレイブ寮を見たネロが最初に抱いた感想はそれである。見た目は少し古いが決してボロくはない。これならネロの家の方が古いくらいだ。翼竜から降りながらネロの視線はその建物に惹きつけられていた。
バドラ島にこんな大きな宿泊施設はない。たまに来る客も長老の家に泊まっていく。だからネロはこんなに大きく、多くの人が一度に生活する空間は初めてである。
ネロが降りるとロージアは翼竜を優しく撫でた。それが合図なのだろうか。翼竜は鋭い声をひとつ出すとどこかに飛び去っていった。
「さ、着いた。ここがスレイブ寮の正面玄関だよ」
「……飛んでいったけど」
「ん? あぁ、ツバサなら大丈夫だよ。先にあたしの部屋に戻ってもらっただけさ」
ツバサと聞いてさっきの翼竜のことだと結びつくのにやや時間がかかった。どうやら召喚する魔物に名前を付ける文化があるようだ。ネロはまだ名前のない頭の上の小さなコウモリに思いを馳せた。彼は不思議そうに見つめ返す。……ふふ、かわいいな。
……いや、待てよ。名前をつけているのがロージアだけの可能性もある。もっと他の人も参考にしないと。……あ、そうだ。
「ここに何人くらいいるんだ?」
「スレイブ寮全体で80人以上の生徒がいる。ネロが住む北棟には20人くらいの生徒がいるかな。全員気さくでいいやつばかりだ。すぐに仲良くなれるさ」
どうやらネロの周りには20人くらいが生活しているようだ。それが多いのか少ないのかはネロには分からない。体感ではちょっと多いように思う。
それって多いのか? そんな疑問をぶつけようとしたが、ロージアはどんどん先へ歩いていった。
階段を登る。2階、3階……4階。そこからさらに歩く。どんどん歩いていったロージアは扉の前で止まった。扉の横には小さくキダル・チャリオットと書かれていた。
「さて、色々と案内してやりたいところだが、今日はもう遅い。初日に色々詰め込みすぎるのも良くないしな。……ということで今日からここがネロの部屋さ」
遠慮なく扉が叩かれる。ネロは少し戸惑うがロージアは気にも止めない。そして数十秒後、扉がゆっくり開いた。扉の隙間からベッドが見える。……ちょっと狭そうだ。
黒い前髪で目が隠れた少年が顔を出した。髪色からして恐らく闇属性の魔物使い。視線を下に落とす。ブラックスパローが気持ち良さそうに彼の腕の中で目をつぶっている。ブラックスパローは闇属性の下級魔物の一種。間違いない。彼がキダル・チャリオットだ。
「……ロージアさん? 夜に部屋に来るなんて珍しいね」
「キダル、珍しくスレイブ寮にまた新入生が来たんだ。喜べ今日から同室が増えるぞ」
目が隠れて見えないので表情は分からない。……が、口元が緩んでいる。それなりには歓迎されているようだ。……というか同室がいるとは聞いてないのだが。
「ネロ・プリズマン。よろしく」
「僕の名前はキダル・チャリオット、二年で二級魔導士だよ。こちらこそよろしくね。僕のメインの魔物はこのスパちゃんだよ。可愛いだろ? 君の魔物は……、バッドバットか。何て名前なの?」
意外にお喋りなようだ。ブラックスパローだからスパちゃんなのだろうか。中々安直なネーミングである。連続で名前を付ける魔物使いに会ったということは、それが普通である可能性を高めている。ネロもそれにならうべきだろう。
……だが、名前なんてものはすぐには浮かばないのだ。最早安直なものでさえパッとは浮かばない。こういう時は素直になるのが吉である。
「まだつけてないんだ」
「ネロはさっき初めて召喚魔法を使ったばかり。色々と教えてやってくれ」
キダルは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに笑ってOKサインを出した。どうやら明日からはロージアからではなくキダルから教わることになるようだ。
逆にそうなの? という表情なのはネロ。しかし残念ながらネロには拒否権はない。それだけ言うと用事がようやく終わったとばかりにロージアはさっさと立ち去ってしまった。
とりあえずはとネロも部屋の中に入る。隙間から見えるよりは案外広い部屋のようだ。多分ネロ用だと思われるベッドが見える。質素だがしっかりとした作りのベッドだ。そして小さなクローゼットと本棚。それなりに快適な空間のようだ。
キダルがベッドに腰掛けたのでネロもそれにならって自分のベッドに腰掛けた。キダルの横にブラックスパローがちょこんと立っている。その頭をキダルがずっと撫でている。どうやらキダルは撫でるのが好きらしい。
「いいよね、翼がある魔物って。その子も撫でたら気持ち良さそうだなぁ」
翼を撫でる。ネロにはその発想がなかった。頭の上からそっと持ち上げると膝の上に置く。そしてじっと観察してみる。……確かに目の前の翼は気持ち良さそうな見た目である。
真正面からまじまじと顔を見る。何を見ているのだと言わんばかりのとぼけた表情。召喚した時と何ら変わりない。
触るのに許可とかいるんだろうか。そんなことを考えたネロは口には出さずに様子を伺う。特に問題無さそう。恐る恐る翼を撫でてみた。……なるほどこれは確かに気持ちいい。
「……どう?」
「気持ちいいな」
「だよねぇ。さっき召喚したばかりってことだから僕が撫でるのは遠慮しとくよ。やっぱり撫でるってのは主人の特権だしね」




