翼を広げて
ケイは扉を開けた。中には数人の研究者とガラス張りの小さな狭い空間。人が3人入れば狭くて身動きが取れなくなりそうな、そんな小さな空間で神様と呼ばれたものは翼を広げていた。
スザク。鳥獣種の魔物の頂点ともいえる存在であり、その辺の魔物とは一線を画する。確かに空間が仕切られているはずなのに体は熱を持っているかのように熱くなり、同時に今すぐにでも命を落としてしまいそうな寒気が走る。
あれほど威圧感を感じたポイズンハザードが何でもないおもちゃに感じてしまうほどの差がそこにはあった。
ネロは首を傾げた。このスザク、どこか見覚えがある。図鑑に載っていた記憶はない。スザクという名はついさっき初めて聞いた名前だ。……だが、どういうことだろう? まるで昔から知っているかのような親しみをネロは感じたのだ。
こんな気持ちは初めてである。これが神様の力なのか? ネロはしっくりこないがとりあえずそれで納得することにした。
ネロの隣でヴァンは静かに目を閉じていた。目を開ければ真っ赤な姿をしているスザクだが、目を閉じればそれは青いシルエットと化した。……間違いない、これはポイズンハザードと同じ擬態だ。それにあのシルエットは……。
「……あなた方は神という存在を信じますか?」
「どういう意味です?」
「そのままの意味ですよ。神は私たちの上位存在。神に比べれば私たちの存在なんて吹けば飛ぶくらいにちっぽけだ。そんな神の力を私たちは使いこなしてみせる。そのために日夜研究に励んでいるのです」
ケイはそう言って胸を張った。ケイは言っているのだ。神の力は偉大であると。そしてそんな偉大な力を使いこなそうとしているのだと。
確かに実際に神の力を使いこなせるのであれば、大幅に戦闘力が上がることは火を見るより明らかである。だがそれは実際にそれが神であるという前提のもとである。
「……あなたの言う神とやらが存在していたとして、これは神ではない。神の力はこんなちっぽけな空間に収まるものではない」
ヴァンは吐き捨てるようにそう言い放った。前を向いていたエドワードが慌ててこちらを振り返る。なんてことを言うんだとその表情は言っていたが、口に出したものは撤回できない。
そしてもちろんその言葉はケイにも届いている。明らかに表情に苛立ちが見えたのは言うまでもない。
「随分な言いようですね。まるで実際に神を見たことがあるような言い方だ」
「神は見たことがありません。私が見たことがあるのは魔王ですから。神と魔王、格は決して劣らないと思いますよ?」
ヴァンは悪びれもしない。ただただ心に思ったことを口にしているだけだ。そしてその言葉はただただケイの苛立ちを増加させた。部屋の温度と言い訳ができないほどに彼女は真っ赤な顔になる。エドワードが必死にやめろとアピールしているがヴァンは止まらなかった。
「神について研究しておられるのですから、当然魔族についてもご存知でしょう」
「……魔族?」
「人語を解する魔物、それが魔族。知能が高い魔物はおしなべて魔族へ分類されます。当然スザクもまた魔族。……だが、この魔物は人語どころか言葉も理解していない」
ケイは真っ赤な顔のままだが反論はしてこない。反論ができないのだろう。図星なら人は言葉に困るものだ。ネロはちらりとスザクの方を見た。スザクはただ無心で翼を広げていた。
「尊い犠牲を払って生み出されたものは、ただの物言わぬ屍。これは研究とは言わない。ただの無駄遣いです」
「言わせておけば! 私たちの研究を……、死ぬもの狂いで作り上げたこの結晶を……、無駄遣いだと?」
ケイとヴァンは激しく口論をしている。こんなヴァンの姿は見たことがない。それだけ腹が立つことがあったのだろうか? 思念を読み取ろうとしても何故か今は何も感じないから俺にはもうどうしようもない。
しかしこのスザクとかいう魔族はどうやら見せかけだけのまがいものらしい。こんなにも威圧感があるのに本物とは到底言えないという。不思議な話だ。
ポイズンハザードと同じなら、他の魔物をベースにしているはずだ。魔力で作った膜を通してなら、ベースになった魔物を見破れるかもしれない。……やってみるか。
…………は? なんだこれ?
背中に冷える空気を感じ、ヴァンは思わず口を閉じた。真っ赤な顔で自分たちの非人道的行為を正当化する肉塊なぞ今この瞬間はどうでもいい。背中に感じたあの冷えは主様だ。……主様はどこだ? まさか、見てしまわれたのか⁈
ヴァンは慌てて主様の姿を探した。ネロはてのひらで目を覆いながらスザクの方を向いていた。あぁ、手遅れだ。もう見てしまわれた。
「……ヴァン、これは魔物かい? それとも人間かい?」
静かな声が聞こえた。いつもの声ではない、静かで冷たい響きだ。ヴァンはネロの言うこれが何を指すか理解できた。答えない訳にもいかない。ヴァンは申し訳なさそうに口を開いた。
「……恐らく人間であるかと思われます」
「救えるのか?」
「……残念ながら」
ヴァンのその答えを聞いてネロはまっすぐスザクを見た。変わらずスザクはただ無心で翼を広げていた。透明のガラスに反射する自分の表情は見たこともないほど冷たかった。……あぁ、これが怒りか。




