いざ、幻獣研究所へ
そろそろ気温も上がり始めるポカポカとした爽やかな朝。恨めしさが混じった深いため息が2つ、虚しく響いた。ため息をしているのはネロとエドワード。2人とも今回の調査に乗り気ではないのだ。
エドワード・シュワルツ。年は21歳、綺麗な青い髪を短く切り揃えている爽やかな見た目の男だ。魔導士ギルドの事務員として主にギルド長のサポートをしている。
帝都第一魔法学校の出身であり、ランクは二級魔導士である。本人としては早く引退したいようだが、まだ年が若いためこのように厄介事が起こるとこのように駆り出されるのだ。
魔導士ギルドから歩くこと10分ほど、目的の建物はそこにある。資料とまったく同じ見た目の建物である。ここが幻獣研究所だ。
「……調査の前に確認しておく。今回の目的はここで行われている研究についての調査だ。魔導士ギルド及び帝都に悪影響を及ぼさないかの確認となる。……それで違いないな?」
「ええ、それで大丈夫です」
キダルはそう言って頷いた。もちろん問題ないのでネロとヴァンも後ろで頷く。それを確認したエドワードは幻獣研究所の正面玄関へと向かった。
中へ入るとロビーにいた職員らしき人が顔を上げた。幻獣研究所の建物はやや古いコンクリート建ての雑居ビルのようだったが、中は案外明るい。とても悪影響を及ぼす研究を行っているとは思えない作りだ。エドワードは職員と一言二言やり取りをしてこちらへ戻ってきた。
「研究所の責任者とのアポイントを取ってくれるそうだ」
「へぇ、案外協力的なんですね」
「それは当然、これはギルド直々の調査だからな。協力を渋ると自分たちはいけない研究をしていると言っているようなものだ。さ、別室で待つよう言われたから別室に向かうぞ」
エドワードの案内のもとネロたちは別室へ向かった。一応応接間の役割を果たしている部屋らしく綺麗なテーブルと椅子が数脚用意されていた。座って待つこと数分、扉がノックされ赤い長髪の若い女性が入ってきた。どうやらこの人が責任者のようだ。
「初めまして、私幻獣研究所のチーフをしておりますケイ・ルビラリアと申します」
そう言いながらケイはにこりと微笑みを浮かべ頭を下げた。応対するのはもちろんエドワードである。彼はゆっくり時間を使って立ち上がると同じようににこりと微笑みを浮かべた。
「こちらこそ初めまして、魔導士ギルドの職員をしておりますエドワード・シュワルツです。突然押しかけて申し訳ありません」
「いえいえ、とんでもありません。研究所に関心を持っていただいたのはこちらとしても嬉しいことですから」
2人は微笑みを浮かべている。それが表面だけのやり取りであることをネロは知っている。同級生同士では到底起こりえない緊迫したやり取りだ。
「それで、そちらの方々はどちら様で?」
「彼らはギルド所属の魔導士になります。彼らも関心があるようで同行したいと志願してついてきたのですよ」
「まあ、それは嬉しいことですわ。どうぞご覧になって下さい」
そう言ってまたケイはにこりと微笑みを浮かべた。ネロも微笑みで返そうとするがややぎこちない。何せこんな状況は初めてなのだ。緊張するのも無理はない。
「幻獣研究所はその名の通り幻獣の研究を行っています」
「……幻獣とは魔物の古い言い方ですよね。どうしてその名前を?」
「もちろん魔物ではなく幻獣について知りたいからです。私たちの言う幻獣は魔物ではありません。もっと上の存在、神様のことなのですよ」
神様。いきなり出てきたその単語にネロは少し戸惑った。こっそりと念話でヴァンに聞くが、ヴァンもまた困惑しているようだ。幻獣=神様。研究を理解する上で大事な要素なのだが今のところ全く理解できていない。
「……言葉では理解していただけないでしょう。ですから案内いたしますわ」
「……案内?」
「私たちの研究をです。今から私たちの信じる神様を見ていただきます。ついてきて下さい」
そう言ってケイは部屋を出た。ネロたちもその後を追う。彼女はかなり早足であり、途中の通路の様子は中々分からなかった。……だが不思議と悪い気配は感じなかった。今のところいたって普通の研究所。どこにも悪い要素は見当たらない。
だからこそ、ネロは途端に胡散くさく感じ始めた。何かを隠している。この綺麗な研究所はどす黒い何かを隠しているに違いない。ネロは心の中でそう確信した。
何度か階段を降り、早足で歩いたからだろうか。ネロの額は汗でにじんでいた。後ろを振り向くとキダルがかなり暑そうにしている。先程までは空調で涼しかったはずだが、今は涼しさは微塵も感じられない。
「……申し訳ありません、暑いですよね?」
「……そうですね、かなり暑いです」
「幻獣は環境を変える強い力を待つとされています。ですからその影響が外に漏れることのないよう、地下に研究室が作られています。……ですが、さすがに研究室が近いと多少は漏れていますから暑くなってしまうのです」
なるほど、この暑さは幻獣のしわざだと言いたいらしい。存在するだけで室温を変えるほどのパワーを持つのなら神様と名乗ってもいいのかもしれない。
「……着きました。この部屋の中に私の信じる神様、スザクがおられます」




