主として
「……幻獣研究所」
ネロは思わずそう呟いていた。答えがあるとすればそこしかない。ヴァンが魔力を辿って探し当てた唯一の手がかり。ギルドが預かり調査する、とギルド長は言っていたがそれはあくまでもその研究について。ネロたちが襲われた理由はきっと分からないままだろう。
「……幻獣研究所って?」
「半年ほど前に帝都にできた魔物についての研究施設です。良からぬ研究をしているのではとの疑念が起こったのでこの度ギルドの調査が入ることになりました」
「へぇ、そうなんだ」
ネロの呟きをキダルが拾うのは自然な流れである。ネロが言うと余計なことを言いそうだったのでヴァンが代わりに説明をした。それでキダルは納得したらしい。
「それで? その幻獣研究所ってのはさっきの話と何が繋がってるの?」
……納得したとて、誤魔化しはできていない。何の前触れもなくネロがそう呟くとは思えない。何か繋がりがあるはずだ。実に自然な流れである。ネロが呟いてしまった時点で最後まで説明することは決まっていたのだ。
せめてとばかりに周囲を確認する。幸いネロたちの近くには他に誰も座っていない。ポイズンハザードの話だけならともかく手がかりになった理由の話はあまり大々的に言うものではない。既に全員が食べ終わっていたからひとまず部屋に戻ることにしたのである。
部屋の中はネロたち以外いない。とはいえあまりに大声ではあまり意味はない。念には念を、ネロは声を少しばかり絞って説明をしたのである。キダルがそれを聞いて驚いたのは言うまでもない。
「……ちょっと待って、今さ魔物との魔力の繋がりを辿って魔物使いを探し当てたって言った? しかもその人を遠隔に攻撃したの?」
「……やっぱり声は大きくなるよな」
「あ、……ごめん。つい大声になっちゃった」
キダルは申し訳なさそうに手を合わせていた。まあ気持ちは分かる。正直ネロもまだ飲み込めてない。まるで曲芸のような芸当である。ヴァンがあの時汗まみれだったのはきっとこれをしたからに違いない。
「魔力を辿って探し当てるはまだ理解できる。僕たち人間は魔力を視認できないけど、魔族なら可能かもしれないしね。ちなみにどうなの?」
「ええ、可能です」
「だろうね。そっちはまだ理解できる」
そう言ってキダルはヴァンをじっと見つめた。言いたいことは分かる。遠隔で攻撃することは果たして可能なのかとキダルは聞きたいのだ。
それにネロは知っている。ヴァンはただ遠隔に攻撃しただけではない。だってあの時転がっていたのは死体だ。つまりヴァンは遠隔で人間を殺せるだけの攻撃方法を持っていることになる。
「召喚魔法を経験したからできるようになったのですよ」
「……?」
「召喚魔法は召喚した魔物の精神を魔力で作った肉体に縛りつける魔法です。ですから生きている魔物ならば肉体と精神はそれで分離するのですよ」
それは何となく知っている。確か以前にヴァン自身が言っていたことだ。そしてヴァンはそれ故に魔力が枯渇するとして、ヴァン自身の肉体とネロを繋げることでその制約を取っ払った。そういう話だった気がする。
「今の私は主様が考えておられる通り、私自身の肉体と精神を繋げております。精神と肉体が分離するのはとても精神的に疲れるものですから」
その時、ネロに閃きが走った。それはネロの考察力が上がったのか、それともヴァンとの繋がりがあるからか、それは分からない。ただ分かっていることはヴァンが何をしたのかということだけだ。
「……もしかして、ヴァンは自分を召喚することで魔物使いを遠隔に攻撃した?」
「ええ、その通りです。精神体を2つに分けて自分自身を召喚する。賭けではありましたが、上手くいって良かったです」
キダルは口を開けたまま何も言えない。ネロもしばらくは無言であった。規格外もいいところである。理屈は分からないでもないが、自分を召喚するなんて真似はしようとも思わない。
道理であの時ヴァンが大量に汗をかいていた訳だ。ノーラがマナチャージをしてくれていたが一向に回復する気配はなかったのも、魔力切れではなく精神が分離したことによる疲れだからである。
ヴァンをじっと見つめた。ヴァンは時折無茶をしているように見える。ヴァン自身が規格外だから無茶のハードルも高いのだろうが、それにしたって今回の件は無茶だ。主様として扱ってくれるならば、自分も主として強く止めないといけない。
「……ひとりで行動するなよ?」
「……何のことでしょう?」
「ヴァンは影移動で自由に移動できる。そしてさっきの話で本体がそこにいても、召喚魔法を駆使すれば別の場所でも活動できることが分かった」
「ええ、その通りです」
「それを踏まえると単身で幻獣研究所に忍び込むことができると思ってな」
ネロの言葉にヴァンはにっこりと微笑んでみせた。さすがは主様、と言いたげな表情だ。こちらから見る限り自分を召喚するのは精神に負担が大きすぎる。だからあまり使ってほしくない。それがネロの思いだ。
「……ふふ、主様は優しいのですね。それではひとりで行動するのはやめておきます」
やはり単身で乗り込むつもりだったか。まあ事前に察知して止められて良かった。
ネロはほっと胸を撫で下ろした。……そのすぐ後に衝撃が走ることも知らずに。
「それでは、主様も同行しましょう。それならひとりで、ではないでしょう?」




