混乱の中で
「ポイズンハザードを討伐した」
ギルドへ駆け込んできた赤髪の男がそう言っていた。いきなり帝都上空に現れたその魔物をどうするか。解決できない話で延々と悩まされていたために事務員たちが喜んだのは当然である。
しかし男は討伐したなら討伐の証を見せて下さいと言うと急にモゴモゴと言葉を濁し始めた。大柄に見えるが恐らく魔法学校の学生。所詮は子どもである。あぁ、タチの悪い嘘を吐かれたか。誰かが聞こえるくらいの大きなため息をついた。
「……俺もよく分かってないけど、とにかく討伐したんだ」
討伐したと言うのなら、討伐したのは自分であろう。どうしてよく分からないんだ。そんな話をしている場合ではないのだ。窓をちらりと見る。ここからも見えるように奴はまだ飛んでいるのだ。……飛んで、あれ? いなくなっている? まさか本当に討伐したってのか?
「さっき救護室へ行った男がいただろ? その2人と俺は同じパーティなんだ。協力して討伐したんだ。嘘だと思うなら聞いてきてくれ」
……確かにほんの2分前ほどに救護室へ案内した。案内したのは自分だし、適当なことを言っていないのは男の目を見れば分かる。
「……それほど言うのなら確認して参ります。しばらくお待ち下さい」
あの時男はおぶられて運ばれてきた。仮にその男に確認ができなくても運んできた男に聞けばあの赤髪の男よりは分かるはずだ。
事務員は救護室に足早に向かう。あの男たちがいるのは一番端、カーテンで仕切られたベッドだ。呼びかけに答えはない。仕方なしにカーテンをそろりと開ける。しかしそこには誰もいなかった。誰かがいたであろうシーツのしわだけを残して。
……視界が晴れた。ここはどこだろう? 確かヴァンをギルドの救護室に運んで……、影に呑み込まれた、か。ヴァンはどこにいる?
周囲を見渡すとヴァンはすぐに見つかった。黒い物体の近くで何かを探っているようだ。何をしているのだろう? 声をかけようと近づこうとして、ようやくその物体が何であるか理解した。……死体だ。
「……ヴァン、何をしている?」
「調べものですよ。私の推測が正しければ、彼は面白いものを持っています。……お、あったあった」
目当てのものを見つけたらしい。ヴァンは死体の首元を掴むと引きちぎった。その手には金属製の何かが握られている。面白いものというのはそれなのだろう。
「さて、……のんびりしている時間はありません。早く戻らないと騒ぎになるでしょう」
「……ここはどこなんだ?」
「それはまた後ほどということで。主様、また手を借りますよ」
そう言ってヴァンはネロの手首を掴んだ。視界が真っ暗になる。あぁ、同じことをしているんだなとネロはぼんやりと思った。2回目だからそう長くは感じなかった。視界が晴れ、周囲を見渡す。……あぁ、ここは救護室だ。戻ってきたんだな。
「……ヴァン、さっきのは」
『主様、念話でお願いします』
『……ごめん。それでさっきのは……』
『あの場所は帝都の東端部分ですね。まさか帝都内とは思いませんでしたが、逃げられる前で良かったです』
『……あの死体は?』
『あの死体がポイズンハザード騒動の実行犯なのですよ』
『実行犯⁉︎』
『詳しくは後ほど説明いたします。……人が来ましたので』
人が来た? 耳を澄ませると確かに人の足音が聞こえる。ドタドタと騒がしい。多分1人や2人じゃない。もっと大人数で……、
「……なんだ、いるじゃないか。消えたってのは見間違いじゃないか?」
いきなりカーテンを開けてレオンはそんなことを言っている。後ろにはノーラとジースもいる。そしてその後ろには知らない人、事務員が1人首を傾げていた。……多分消えたと言っているのはこの人なんだろう。
大方、何かの用事でこの部屋を見に来てネロたちがいないことに気付いたとかそんなところだろう。実際短時間だが消えていたのだから少し面倒である。……まあ、誤魔化すのはそれほど難しくはない。無難なやり方でいくか。
「トイレに行きたいと言い出したので案内してさっき帰ってきたんだが、……どうしたんだ?」
「あぁ、そういうことでしたか。いやぁ、聞きに行ったらいないもので、消えたなんて大騒ぎしてしまいました。本当に申し訳ございません」
事務員は恥ずかしそうに頭をかきながら下げた。……実際消えていたのは事実だし、やや良心が痛むような気もする。まあ誤魔化すというのはこういうものである。
「……それで、私に何か用があったんですか?」
「こちらの方がポイズンハザードを討伐したとおっしゃっているんですが、討伐の証がなく困っておりまして。聞けばここの救護室にいる人が同じパーティで、しかも一緒に討伐したと。ですから確認しにここへ来た、という訳で」
討伐の証がない。それは初耳の話である。あの場では討伐してすぐにヴァンを救護室へ運んだのでそもそも死体も見れていない。……レオンにその辺を任せたつもりだったのだが、何かあったのだろうか?
「確かに私たちは同じパーティです。そして討伐の証の話は私ができます」
「そうなんですね、それでは……」
「ですので、ギルド長に繋いでいただけますか? 恐らく直接の方が伝わりやすいかと思いますので」
事務員は一瞬だけ怪訝な表情を見せたがすぐに「かしこまりました」と言って去っていった。ヴァンは満足そうな表情だ。何をするつもりだろう? その疑問はいくら考えても答えが出なかった。




