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あっけなく


 ネロはポイズンハザードから目を逸らせずにいた。なにせずっとこちらを睨んでいるのだ。逸らしたら最後あのくちばしで体を貫いてくる。そう思えてならないのだ。

 幸いこの場所は魔導士ギルドのほど近く、時間が稼げればギルドからでも時計広場からでも援護は期待できるだろう。……問題はどう時間を稼ぐか、である。


「……しかしなんでコイツは最初から臨戦態勢なんだ?」


 レオンは不思議そうにそう呟いた。そんなこと俺だって知りたい。姿が見えた時からずっとこちら向きだったのだ。まるでネロたちを待ち構えていたかのようにネロたちが出たタイミングで降り立ってきた。……まったく迷惑な話だ。


「無傷で退散は……、さすがに無理だなぁ。それにここにコイツを放置するってのはちょっとできない」

「誰かしらの援護があれば討伐できたりしないかな」

「バカ言え。ネロ、それはあり得ない話だ。あったとしても誰かの援護にこちらが回るパターンだ。それともお前コイツを目の前に前線に立てるってのか?」


 レオンは呆れ顔だ。確かに俺は相当なバカなのかもしれない。退避はできないのだから、戦うしかない。そんな少しばかりの覚悟を決めたところだからだ。


「……レオンさん、どうやら主様は覚悟はおありのようですよ?」

「マジ? 勇気と無謀は違うぜ?」


 呆れとおだてが混じった声が聞こえた気がした。勇気と無謀は違う。それは分かっている。目の前の相手と自分の戦力差も分かっているつもりだ。


「……もちろん。無謀な戦いにはしないつもりだ」

「ほう、かっこいいな、ソレ。俺も加勢しようか。ノーラ、ジース。お前たちは下がってろ」


 前を向いたままレオンはノーラとジースに下がれとばかりに左手を振った。恐らくはカッコつけなのだが、残念ながらその場所にノーラとジースはいない。右側からノーラは聞こえるように大きなため息をついた。


「……そこに私たちいない。余裕のない人がカッコつけるとあんまりいいことない」

「そう言うなら加勢しろ。人が多い方が死ぬ確率は減るさ」

「……当然でしょ」


 ジースも静かに頷く。どうやら皆覚悟を決めたようだ。強敵に遭遇すれば退避がベターなことは皆理解している。その上で対峙しようとしているのだ。


「……動きませんね」

「……? ヴァン、どう言う意味だ?」

「上級とはいえ奴はあくまでも魔物。知性はあろうとも理性はないことの方が多い。……ふむ、ひとまずそれは後回しにしましょうか。戦闘が楽なのは良いことですから。先手をくれると言うのなら、ありがたく受け取りましょう。ただし後手は差し上げませんがね。……シャドウバインド‼︎」


 あまり聞かないヴァンの叫び声と共にポイズンハザードの影からヴァンの魔力マナが伸びる。それは見る間にからだを駆け巡り、縛るように定着した。重点的に縛られているのはくちばしである。

 ポタリポタリと汗が落ちる音が聞こえる。肩で息をし始めた。見るからにしんどそうである。強敵ならばそれだけ使う魔力量も増えるのだろうか? 叫び声といい、大量の汗といい、こんな姿は初めて見る。


「……はぁ、はぁ。ポイズンハザードは口から多量の猛毒液を吐きます。……一番厄介な攻撃ですから、……防がせてもらいました」

「……大丈夫か?」

「……なん、とか。レオンさん。ポイズンハザードは血液すらも毒です。……ですから離れた場所から、首を……はねてもらえますか?」


 首をはねれば大抵の魔物は絶命する。無傷での討伐ならとヴァンはこの手を使ったようだ。自分の魔力総量の大半を使って拘束を試みる。単純だが、強力な一手である。

 ポイズンハザードは力任せに拘束を解こうと試みる。だがヴァンがこんな姿を見せてまで拘束したのだ。力任せに解けるほどやわではない。


 レオンは剣を構えて火属性の魔力で剣撃を放つ。それだけであっけなく討伐は終わってしまった。時間にしてわずか5分足らず。討伐隊まで作られた魔物は討伐されたのである。

 ネロは全然疲れていない自分の姿と疲れ切っているヴァンの姿を交互に見た。……なんと情けない姿だろう。覚悟を決めても何もできていないじゃないか。心の中でそう毒づいた。


『……主様、落ち込んでいる場合ではありません』


 ……ん? 念話?


『急がないと逃げられてしまいます。……今から一芝居しますから、主様はなるべく早く自然に私をギルドの救護室へ運んで下さいませ』


 何の話をしているのだろう。だが確実に言えることがひとつある。ヴァンは何かに気付いている。何気なくネロは討伐したポイズンハザードの方を見た。

 ……その姿はいつのまにか消えていた。あれだけ大きな物が動いたのに全く気付かなかった。……急がないと逃げられてしまう? だめだ分からない。


 ネロは考えがまとまらず眉をひそめた。その瞬間後ろでどさりと誰かが倒れる音がした。……ヴァンだ。これから自分が何をすべきかは分かる。さりげなく救護室へ運ばなくては。


「レオン! ヴァンは救護室へ連れて行くから後は任せていいか?」

「……1人で大丈夫か?」

「あぁ! こっちは任せてくれ」


 数秒迷ったネロはヴァンをおぶって運ぶことにした。質量のない軽い体だ。まるで何も持っていないかのようだ。……ここでサクサク動くのも変である。重たいものをおぶっている素振りを見せながらネロはひとりギルドへと向かうのであった。




 事務員に適当に説明して救護室へ案内してもらう。清潔なベッドが数台置いてあった。そのうちの一番端にヴァンを寝かせる。ヴァンの声を聞くふりをして備え付けのカーテンで周囲を囲う。……ここまでは念話の通りだ。カーテンの中はヴァンとネロの2人きりである。


『……主様、手を』

『……?』

『そう長い間離れられません。騒ぎにはしたくありませんからね』

『…………??』


 首を傾げたネロの手首をヴァンは掴んだ。そしてネロの視界は真っ暗になった。まるで影に呑み込まれたかのように。

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