悪寒
「およそ、……5倍?」
「それ以上かと。目測というのはあてになりません。1m程度のブレがあり得ます。小さくみても2m、大きい場合4mの計算になりますね」
3mの魔物を一旦想像してみる。目の前にはポイズンハザード。途方もないデカさで自分を見下ろしている。……更新でもされない限りその大きさは脳に刻み込まれるだろう。
ただ、これはあくまで近くで対面した時の話だ。空で飛んでいる姿を見てのものなら話は変わる。今頭に刻み込んだ姿を空に置き換えてみる。……イメージができない。
喫茶店には窓があった。そこから空が見える。これなら想像もつくだろう。試しにイメージした姿を空に浮かべてみる。……なるほど、目測ではうまくスケール感が掴めない。これは確かにエレクの話は当てにならないな。ネロは小さく肩を揺らした。
その時、悪寒が走った。窓から空を見上げる。幻覚ではない。空に先程イメージした姿に似た鳥が、黒っぽい紫の鳥が浮かんでいたのだ。そしてそいつの顔はまっすぐネロを向いていた。視線なんて合うはずがないのに、両者は数秒睨み合っていた。
「おい、何か見つけたか?」
「……あぁ、いた」
「いた? ポイズンハザードが?」
ネロは無言で頷く。パーティメンバーは皆、窓へ集まって来た。そしてほとんど全員が一気に渋い表情になった。それだけの威圧感を奴は放っていた。
「……ふむ、やはりポイズンハザードでしたか。これならまだ状況はマシですね」
1人だけ、冷静な男がいた。ヴァンである。あの鳥型の魔物の実物を見てなお冷静である。むしろ表情が緩んだくらいだ。
「ヴァン、それはどういう意味だ?」
「主様、魔物が大きくなる現象には大きく2つ原因があります。1つは突然変異。何らかの因果で大きさが極端に変わった個体が生まれた。……これは生まれつき大きな個体になりますから討伐難度は跳ね上がります」
……なるほど? よく分からないけど多分こっちじゃないな。討伐難度が跳ね上がるのにまだマシとは言わないだろ。となると聞かなきゃ行けないのは次だな。
「そしてもう1つは肉体改造。例えば薬など、何らかの外的要因で大きさを極端に変えた場合ですね。……これは急に大きさが変わった個体ですから討伐難度はそう変わらない。むしろ実物より易しくなることもあり得ます。今回は見たところ後者でしょう。ですからまだマシなのです」
「……ちなみにその根拠は?」
「どれだけ巧妙に隠れていても、あれほど極端に大きさが変われば目立ちます。少なくとも突然現れるなんてのはあり得ない。ですから突然変異ではないと言い切れる訳です」
淡々とヴァンは言葉を続けた。それだけ自分の推測に自信があるのだろう。要するにあのポイズンハザードは薬か何かで急激に大きさを変えられたということだ。そして討伐難度は普通のポイズンハザードとそう変わらないという。
「……ポイズンハザードってそもそもどれくらいの討伐難度なの?」
「闇属性上級の魔物だ。まあ、今の俺たち程度ならなすすべもなく負ける強敵だよ」
「……ヴァンがいても?」
「そうですねぇ、私でも無傷での討伐は少し手こずるかと」
ポイズンハザードは猛毒を操る危険な魔物である。少しのかすり傷でも致命傷になり得る。やるなら無傷での討伐が望ましい。ヴァンでも難しいのならネロたちには絶対に不可能だ。ここで色気を出して戦うのは違う。ネロたちはそう結論づけた。
会計を終えて外へ出た。相変わらずポイズンハザードは上空にたたずんでいる。……先程から動いていないのか顔はずっとこちら向きだ。
「……一度ギルドへ戻ろう。俺たちに討伐はできなくても何かできることがあるかもしれない」
レオンのその決断に全員が応じた。誰も今日は活動せずに帰ろうとは言い出さなかった。……ただしこれは積極的なものではなく、むしろ消極的な理由からである。
先程からポイズンハザードがずっと自分を見ている気がしてならないのだ。その状況でパーティを解散するのは避けたかったのだ。相変わらずポイズンハザードはこちらを向いていた。
魔導士ギルドの扉を開けた。中にいた数人が振り返る。事務員と思われる出で立ちの女性がネロたちに駆け寄ってきた。……何事だろう?
「皆さまも魔導士ですね」
「……? それが何か?」
「今帝都は危険な状況です。一刻も早く危険は除かねばなりません。ですから今どんな魔導士でも協力をお願いしているのです」
危険な状況というのは聞かずとも分かる。ポイズンハザードのことだ。そしてつまり魔導士ギルドではポイズンハザードの討伐を急いでいることになる。
……そして残念ながら状況はあまり良くない。魔導士というだけで協力をお願いするまで追い込まれているのだ。
「……いったい何をすれば?」
「討伐隊のサポートをお願いしたいのです。今時計広場にて討伐隊が立ち上げられております。どうかご協力をお願いいたします」
そう言って事務員の女性は頭を下げた。元より何かできることはないかとギルドへ来たのだ。ネロたちにそれを断る理由がない。もちろん答えはYESだ。
時計広場へ向かうためネロたちは魔導士ギルドを出た。相変わらずポイズンハザードはこちらを向いていた。その不気味な視線を避けるようにネロたちは歩き始めた。
どこかで悲鳴が聞こえた。そして怒鳴り声に似たヴァンの声に反応できたのは多分背中にずっと悪寒を感じていたからだ。
「……! 伏せて下さい!!」
「ギィィアアァーー!!!」
魔導士ギルド前大通りにて、耳を覆いたくなるほどの鳴き声と共に奴は突然降り立った。目の前にはポイズンハザード。厳めしいくちばしは目の前で見るとおぞましいほどの圧を放っていた。




