鉢合わせ
ネロは自分のギルドカードを取り出した。アルジェラン・ストラトフ。魔導士ギルドの責任者である彼の名前はギルドカードの右下にしっかりと記されていた。
「……その話が本当だとして、人間の数はどうやって減らすんだろう? 魔物だけ減らしたって仕方ないんでしょう?」
ジースが思案顔でそう指摘した。確かにその指摘は真っ当だろう。ヴァンの話を聞く限りでは魔物の数を減らしたとして、人間もまた数を減らさないとバランスが取れない。
……しかしネロはそこには疑問を持たなかった。分かっていたからである。答えは単純、勝手に減るのだ。
「魔物由来の事故で死んでる人って何人くらいだろうな」
「……僕の知る限りでは年間でもかなりの数亡くなっている。村ひとつ消し飛ぶなんてよくあることだよ」
「え? ……つまり、そういうこと?」
「ジースさん、それだけではありません。高難度の依頼を受け目的を果たせずに命を落とす。そんな魔導士もまた少なくありません」
そうだ。魔導士は無敵ではない。魔物と戦うのにリスクがまったく無いなんてあり得ないのだ。たとえ弱い魔物と戦うとしても、強い魔物が乱入してくる可能性だってある。それを承知で戦うのだ。
「……増えすぎた魔物は減らされ、その過程で人間もまた数を減らしていく。こうして均衡の取れた数が保たれていく。ここ100年以上はそうして時を進めてきたのです。これが人間と魔物の戦いの背景なのです」
背景を知った今なら理解できる。なぜ魔物と戦うのか、それは生きるためだ。無抵抗ならばその命は吹き飛んで消えてしまう。そんな運命は嫌だ。だからこそ戦うのだ。強くなるのだ。
ネロは魔物と戦う理由を理解し、そして強くなる理由も理解したのである。談話室の窓から夕焼けの光が差し込んでいた。
ジースは寮に帰り、キダルは食堂へと向かった。ネロはまだ夕食を食べる気にはなれなかった。寮の部屋の中でぼんやりと天井を見つめた。……ふとあることが気になった。
聞いていいのか少し悩む。悩んでいる間にヴァンはネロの思考を読み取っていた。そして微笑みを浮かべた。
「……そんなことを気にしてどうするんです?」
「いや、……まあ気になってさ」
「それでは昔の話をしましょう。まだ私がロードだった頃の話で……」
ヴァンの昔話はそれなりに長く続いた。ネロはそのひとつひとつを記憶に刻み込むようにして聞いた。聞けばヴァンはもう200年以上も生きているらしい。先程の百年戦争も実際に見てきたから詳しかったのだ。
そしてヴァンはひとつ仮説を立てていた。魔物使いは魔物の強さを一番引き出してくれるのではないか、というものだ。だからこそヴァンはネロの元にいるのだ。
「強さを引き出す……、か。俺はそれをできるのかな」
「主様ならできますよ。あなたは考えることができますから」
「……考える?」
「ええ、私を頼れば大抵の物事は簡単に解決できるでしょう。しかしそれでは思考停止もいいところだ。いつだって考えなければ前には進めない。私は主様が少しずつ前に進んでいることを嬉しく思うのですよ。あぁ、この人ならば私はもっと強くなれる。そんな確信があるのですよ」
そう言ってヴァンはにこりと微笑んだ。嘘を言っているようには見えない。本心で言ってくれているのだ。ネロはなんだかそれが嬉しかった。
そうして一日が過ぎた。パーティの活動日を前日に控えたネロは魔導士ギルドへ行き、必要な書類を手に入れていた。ヴァンをパーティに入れるのに必要なものだ。レオンから許可が出ればすぐに手続きができるよう準備はぬかりない。
ネロは書類をもらったついでに依頼を見てみることにした。魔導士ギルド中央に目的のそれは貼り出されている。ギルドに集められる依頼は事務員の手により整理され、全てここに集約されるのだ。
大抵の依頼が討伐依頼だ。背景を知ってから見るとこの光景はどこか恐ろしい。Eランクの依頼を見ているとネロを呼ぶ聞き覚えのある声がした。振り返るとそこにはレオンがいたのである。レオンは見たこともない人を連れていた。
「そんなところで何をしてるんだ?」
「……他の依頼がどんな感じか興味があってさ」
そう言いながらネロはレオンが手に持っているものに視線を落とした。見覚えのある紙の束をレオンは持っている。ネロはヴァンに念話を飛ばした。今この状況でバレずにそれをするだけの技量がなかったのだ。
ヴァンから返事が念話で届く。ネロは間に合わないと分かっていながら頭をフル回転させた。
「まあいい。良い機会だからネロにも紹介しておく。こいつは俺の幼馴染でな。ルシフ・セイリオだ」
「どうも、ルシフ・セイリオです。よろしく」
金髪の優男はそう名乗って頭を下げた。聞こえてくる単語はよく知る流れだ。最早これを止めることはできまい。……どうすればいい。思考はすぐにはまとまらなかった。
「元は第一学校の学生なんだが、近々俺のクラスに編入してくる予定に……」
「レオン申し訳ない! 実は時間があまりなくてすぐにここを出ないと。その人はまた今度紹介してくれ」
ネロは逃げるようにその場を去った。そうする事以外何をしていいか分からなかったのだ。結局問題が先送りになっただけで、状況は何も変わっていなかった。




