移ってもらった
この機会にヴァンに色々と聞いてみよう。……と思ってはみるものの、中々聞きたいことは思い浮かばない。さて、どうしたものか。考えながらネロは視線を上に向けた。そこには壁掛けの時計がぶら下がっている。夕方はとうに過ぎ、じきに夜がやってくる。もうこんな時間か。そろそろ解散しないと。
「……もうこんな時間なのか。そろそろ解散する?」
「そうね、明日も学校はあるし帰って休まないと」
マーサが同調し皆は帰る流れとなった。帰ると言ってもジースは棟が違うとはいえスタッフ寮。マーサとノーラもスタッフ寮。寮を出るのはネロとヴァンだけである。一応と玄関ロビーで見送られてネロたちはスタッフ寮を出た。
スタッフ寮からスレイブ寮までは少しばかり距離が遠い。特に急ぎの予定はないし、ゆっくり歩いて帰ろうか。……あれ? そういえばヴァンはどこで過ごすんだ?
「ヴァンの戦闘スタイルは魔剣士だよな? それじゃあ寮はブレイド寮でいいのか?」
「いいえ、私は主様の部屋で過ごします」
あぁ、俺の部屋なのね。まあヴァンが知らない人と同じ部屋になって騒ぎになるくらいならその方がいいよね。……でもそれはそれで問題にならないかな? 俺の部屋は別に3人部屋じゃないし。どこでヴァンは過ごすんだろう?
「それは問題ありません。キダルさんには移ってもらいましたから」
「え? キダルの部屋が変わったってこと?」
「左様でございます」
ヴァンはいたって真面目な表情である。嘘は言っていない。……ヴァンが俺と同じ部屋で過ごすためにキダルは部屋を移動することになった。中々受け入れがたい話である。
「主様はキダルさんに色々とお世話になっておられます。ですから移ってもらったのですよ」
「……どういうこと? お世話になってるって思うんなら部屋は同じにしてほしかったんだが」
ネロはヴァンが何を言っているのかいまいち掴めなかった。そのうちにスレイブ寮に着いてしまった。いつものように自分の部屋に向かおうとして、ネロはヴァンに呼び止められた。違うと聞こえたが何事だろう?
「主様、ですから移ってもらったんですよ」
「……ん?」
「あちらでございます」
スレイブ寮のどの塔も一階部分はそれなりに広い部屋が多い。ネロの住む北棟も同じである。そのうちのひとつ。3人から4人が住むことができる部屋の前でヴァンは立ち止まった。キダルの名前が見えた。
ヴァンはノックもせずにいきなり扉を開けた。中にいたキダルは驚いた表情だ。ネロもまた驚いた表情である。部屋の中に自分の荷物があったからだ。
「……ヴァン、入る時はノックをしてくれると助かる」
「ノックとは?」
「扉を軽く叩いて中の人に合図するんだ。大抵の人なら知ってる話だ。ヴァンも知っておくといいよ」
ヴァンはなるほどと軽く頷いた。確かに魔族であるヴァンからすればこうした人特有の動きは知らないこともあるだろう。積み重ねれば違和感になる故に、こうした動きは知っておいた方がいいだろう。
それはそうとして、この部屋には既にネロの荷物が運び込まれていた。ここでようやくネロはヴァンの言っていたことを完全に理解したのである。
ヴァンはネロと同じ部屋になり、キダルもまた同じ部屋のままなのである。とはいえ3人部屋ではない場所に3人が生活するのは無理がある。ヴァンはあくまでもここでは編入生なのであり、3人が生活する部屋でないと違和感でしかないのだ。
そこでキダルともども部屋を移ったということのようだ。この部屋は最大4人が住めるだけのスペースがあり、ヴァン用のハンモックとテーブルも既に置かれていた。
「……部屋の移動ってよくあることか?」
「まあまああるかな。ヴァンは割と早かったけど、そもそもこの学校は割と編入生が多い方なんだ。編入生だけで部屋を作るとどうしても孤立しちゃうからこういう広い部屋に移るんだよ」
1階部分が広い部屋が多いのはそういうことらしい。北棟にはあと2つ広い部屋があり、そのうち1つは埋まっている。恐らくそこにも編入生が住んでいるのだろう。
「……しかし変身魔法ってよくできてるよね」
「何がです?」
「ヴァンは魔族で魔力総量がそれはもうとんでもなく多い。漏れ出る魔力でその辺の人は怖がるくらいだ。……でも今のヴァンは見た目は完全に人間だし、魔力が漏れ出してもいない。だからすごいなと思ってさ」
なるほど、言われてみればそうかもしれない。魔力でできた膜は魔力の蓋の役割も果たしているようだ。少なくとも今のヴァンを怖がる人はいない。それだけでも変身魔法の効果は大きいと言える。
試しに索敵魔法を使ってみるとヴァンは青いシルエットで見える。つまり索敵魔法はヴァンを人間だと言っているのだ。……これも変身魔法の効果だろうか? 索敵魔法の過信はよくないのかもしれない。




