ため込んだ力
ネロはそっと目を逸らした。ノーラの様子なんて見たくない。……絶対怒ってるし。
逸らした先でジースと目が合う。その目は助けを求めていた。……俺だってそうだよ。
「……ねぇ、レオン」
「ん? なんだ?」
「人に魔法って撃っていいと思う?」
「……ダメだな」
ノーラは無表情。さすがに冗談だと思いたいが、それにしては表情が無さすぎる。……そうだな、聞かなかったことにしよう。世の中知らなくていいこともあるさ。
ノーラは無言で杖を前に構える。杖の先には備え付けの的がある。……ただし視線はずっとキダルを向いていた。いつでも狙える。顔がそう言ってる気がした。
「ええと、……僕に向かって撃たないでね?」
「あら、撃って欲しい? それなら撃つよ」
「……えぇ?」
「……シャイニング」
困惑しているキダルを無視してノーラは杖を構えてそう呟いた。ヒカリが習得していればシャイニングが発動するはずだ。ネロは発動することを願った。発動すれば恐らく機嫌も直る。というかそうならないとキダルが危ない。
……しかし杖からは何も出てこない。不発のようである。
「……出ない」
「シャイニングは確か光の塊を放つ魔法だったか? この分だと不発だなぁ。もうひとつはどう?」
「ソーラレイ? やってみる」
ノーラは再び杖を目の前に構えて「ソーラレイ」と呟いた。誰も知らない魔法なので発動したかどうか誰も分からなかった。…………何も起きない? また不発か。
「……不発だな」
ネロはこっそりノーラの様子を伺う。……明らかに不機嫌である。相当怒っているのかノーラのからだは淡く白に光っている。まるでオーラだ。
ノーラの視線がキダルの方を向く。何をしようとしているか分からないが、ちょっと危ないにおいがする。これは止めないとまずいか? ネロがそう思ったのと、レオンが止めに入ったタイミング、そしてノーラが杖を振り上げたタイミングはほぼ同時であった。
レオンは慣れているのかノーラに一切行動させない。杖は上に向けられ体は腕で器用にロックされていた。ノーラはロックされてもずっとキダルを睨んでいた。鼻息は少し荒い。そしてオーラは先程よりもはっきり見える。どうやら本気だ。
「……離して」
「離したら殴るだろお前」
「わざわざ不発の魔法を教えやがって……。私がどれほど魔法が撃ちたいと思ったか知らないのか!」
聞いたこともない大きな声、まるで叫びだ。何事か? と2、3人がこちらに視線を向けてきた。悪いがそれに反応している余裕はない。
まだ出会って数日だが、普段のノーラとは比べ物にもならないキレ方である。なにもそれくらいでそこまで怒らなくてもと思うが、怒りの沸点は人それぞれである。
「そりゃ知らんだろうよ。キダル! ごめんな無理矢理呼んだのにこうなって。こいつは俺がなだめておくから今は帰ってくれ」
「いや、こちらこそ申し訳ないって言うか……」
その時ノーラの杖が光った。上を向いた杖の先から高速の光線が放たれる。それは勢いよく修練場を飛び出し空に吸い込まれて消えた。……今のは、もしかして?
「……今のって、ソーラレイだったりする?」
「……多分そうだよな」
レオンはそう答えたが、自信はまるでない。そもそもソーラレイという魔法がどういうものかを知っている人は言い始めたキダルを含めここにはいない。効果なんて知っているはずもない。
確かに魔法が発動したはずなのに、辺りには微妙な空気が流れていた。これではノーラの機嫌は直らない。魔法に詳しい人がいれば良かったのに。ネロは心の中で毒づく。
『ソーラレイですが、珍しい』
……ん? 誰だ今言ったの。……あぁ、念話か。ということはヴァンだな。そうか、そうか。今までなんで気付かなかったんだ。ヴァンが詳しいじゃないの。
『ヴァン、ソーラレイについて何か知ってる?』
『ええ、かつて受けたことがありますからどんな魔法かもよく知ってますよ』
心の中でネロは拳を握った。魔法に詳しい人なんて知らないと嘆く気持ちはどこかにいった。ヴァンは魔族である。人よりも遥かに長い時間魔法に触れてきたのだ。確かにヴァンなら知っていてもおかしくはない。ヴァンに説明してもらえば万事解決だ。
こうなると問題はひとつである。ヴァンをここで召喚する訳にはいかない。周囲の関係ない人にあれこれ探られるのはごめんである。
となれば場所を移すしかない。つまり何とも微妙な空気が流れているこの瞬間に場所を変えようという提案をネロ自らせねばならないのだ。
キレたノーラから目を逸らしたネロにとってそれはなかなかの難題である。
とはいえ、やるしかない。周りの様子を伺う。今はレオンがノーラに何かを説明しているようだ。何を説明しようとしているかは途中からだから分からない。ロックは解かれており、先程よりはノーラも冷静そうだ。レオンには悪いが、このタイミングで割り込ませてもらう。
「……あのさ」
「ネロ? さっきまで黙ってたけど、いきなりどうした?」
「いや、ソーラレイを知ってる人がもし、もしいたら解決するよね?」
それがいないから困ってるんだろ。レオンとノーラが口には出さず顔でそう言っていた。大声を出されるのもつらいが、声に出さずに突っ込まれるのもちょっと心にくる。大丈夫、間違ってはないはずだから。
「……その、人じゃなくても、……いい?」
「……はぁ?」




