意地悪
ノーラはぽかんとした表情で顔を上げた。ネロに出された条件は召喚する本人をここに連れてくること。だからもしかするとどんな答えをしても許可は出すつもりだったのかもしれない。
困惑しかない表情のノーラだったが、庭を見ると表情が変わった。実を言うと最初の見た目は木造の古い建物なこともありあまり期待していなかったのだ。
ところが予想に反して素晴らしい景色である。ここで召喚されればバグライトも喜ぶ姿が見える。あぁ、レオンは良い場所を教えてくれた。
「……あの、いいんですか?」
「もちろん。召喚する魔物を思っての行動実に素晴らしい。喜んで手伝わせていただきます」
「……それじゃあ、なんで」
思わずそんな言葉が口からこぼれた。重い空気が一転して晴れやかなものとなり、先程の問答が嘘のようだ。だからこそどうしてあの問答を? と思いたいなる。
そんなノーラの言葉に彼女は柔らかな微笑みを浮かべた。その微笑みには先程のような圧は微塵もなかった。彼女は答える前にネロの方に顔を向けた。
「外にお仲間がまだ2人いらっしゃいますね? せっかくですから彼らも呼んで来てもらえますか?」
ご指名である。まあ従わない理由はない。ネロはまだ一向に入ってこない2人を呼ぶためにその場を去った。そうしてようやく彼女はノーラの方を向いた。
「許可取りをするのは嫌でしたか?」
「……ええと、……はい」
「行ったことのない場所で、それも断られるかもしれない許可取りはできればしたくないものです。それは誰しも同じ。先程の彼だって嫌なはずです」
「……そうですよね」
「嫌なことから逃げるのはあなたの自由です。でもそれを他人に投げるのは違う。それを伝えたかったのですよ」
なるほど、これはお説教だ。耳が痛いが受け入れるしかない。なにせ彼女の言っていることは全て合っているのだ。私は逃げたのだ。それは紛れもなく事実。
「ふふ、良い場所だろう? みんなをここに連れて来たのは正解だったな」
得意気な声が聞こえてきた。もちろんレオンの声だ。彼はいつもより少しだけ楽しそうだ。そんな姿を見るとさっきまでの暗い気持ちなんてどうでもよくなる。
……そういえば彼とは長く一緒にいるが、こんな場所どこで知ったのだろう。理由もなく教会に行く人じゃないはずだけど。
「……ふむ、やはりレオンでしたか」
レオン以外全員の視線が彼女に集まる。この人はレオンを知っている……?
「ええ、俺です。ミリアさんご無沙汰してます」
「……知り合い?」
「あぁ、俺の伯母だよ。子どもの頃からよくお世話になっててな」
それで皆合点がいった。だから彼女はレオンを知っていて、レオンもこの場所を知っていたのだろう。レオンには悪いがなんの背景もなしにこんなに素敵な場所を知っているとは思えなかったのだ。
「いつもレオンがお世話になっております。私この教会のシスターであります、ミリア・ジークムントと申します」
そういうと彼女、ミリアは深く頭を下げた。そういえば名前を聞いていなかった。ジークムントはレオンの名前でもある。確かにそう聞けばレオンとの関係性も分かっていたかもしれない。……あぁ、そうだ。俺たちはまだ自己紹介をしてないや。
「……俺はネロ・プリズマン」
「僕はジース・ラファドです」
「私はノーラ・ヴァイスです」
ネロの自己紹介を皮切りにジース、ノーラがそれぞれ名乗った。……そしてレオンは何の反応も見せない。まあミリアはレオンを知っているから必要はないのだが。
「……この流れで自己紹介をしないおろかものは誰です? まさか私の知ってる人ではないでしょう」
「……え、俺もするの? ミリアさんは俺を知っているのに?」
やはりレオンは聞いている上で反応しなかったようだ。必要ないといえばないのだが、何となく居心地が悪くないのだろうかとネロはこっそり思う。
……もっとも敬語を一切使えないネロが言えた話ではないのだが。ネロとレオンはそういった意味では似たもの同士なのかもしれない。
「形式としてはしてほしいところですがね。まあ話が進まないからひとまず置いておきましょうか。さて、ノーラさん」
「はい!」
「私もその召喚を見せてもらっても?」
突然のその申し出にノーラは一瞬だけ戸惑ったらしい。喜んで、という言葉が少しひっくり返っていた。
少し顔が赤くなるのをバレないようにうつむきながら、ノーラは取り出した水晶の入れ物に採れたてのバグライトの羽を入れた。
「……召喚」
水晶が強い光を放つ。その光は花たちに反射して極彩色にきらめいた。地面に描かれた魔法陣が花越しに見える。思わずネロは綺麗だ、と呟いた。これは多分ネロの知る限り一番綺麗な景色だ。
光は徐々に収まり始めた。魔法陣があった場所には羽をせわしなく動かして宙に浮くバグライトの姿があったのである。……召喚成功だ。




