どの寮なんだ?
「これはうちの学校の古い遺産でね。今日君たちのために借りてきたんだ。この水晶を使えば君たちの戦闘スタイルを大まかに判定することができる」
「その判定をもとにこれから過ごしてもらう寮が決まるんだ。まあ何事もやってみた方が分かりやすいよね。ほら、早速やってみなよ」
そう言ってロンドは一番近くにいたエレクに水晶を差し出した。言われるがまま受け取る。ずっしりと重い。気をつけてないと落としそうだ。
目をつむれとの指示。エレクは目を閉じる。ぼんやりと水晶が光り始めた。
儀式の時とは違う反応である。次第に光は落ち着き、何か模様のようなものが浮かび上がってきた。その模様はトムソンの襟元にあるバッジによく似ていた。
「……うん、ブレイド寮だな。一番人が多い寮でね、毎年たくさんの新入生が入ってくるよ。もちろん私の後輩になる。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
「次は君だよ」
ロンドは次にマーサを指差した。エレクはマーサに水晶を差し出す。ちょっと重いよとの声にマーサは恐る恐る水晶を受け取った。
やることは同じ。マーサは一呼吸おいて目を閉じた。しばらくして浮かび上がった模様はロンドの襟元のバッジによく似ていた。多分そういうことだ。
「……お、スタッフ寮だね。僕と同じだ。よろしくね!」
「よろしくお願いします」
「さあ、最後は君の番だ」
やはりマーサはスタッフ寮で合っていたようだ。恐らく浮かび上がる模様で寮を決めているのだろう。そしてその結果は揺らがないもののようだ。
ネロは水晶をマーサから受け取ることを少し迷った。寮というものは行く前に長老に少し聞いた。ネロたちにとって大事な帰るべき場所。かなり重要な立ち位置にある。おぼろげに希望制なんじゃないかと思っていたが、あてが外れた。
懐かしい記憶がある。かつて読んだおとぎ話だ。その中にはとある魔物が出てきた。黒く美しい翼とこれまた黒く美しい剣を持つ魔物である。縁こそ赤いが、ネロは黒く美しい翼は手に入れたのだ。あとは美しい剣があれば良い。
あくまで予想だが、トムソンの背には立派そうな剣が見える。剣と杖。寮の名前の由来はきっとそういうことだ。となればネロとしてはトムソンのバッジの模様を出したい。早く受け取れと言いたげなマーサからネロは水晶を受け取った。ずっしりと重い。悪くない重さだ。小さく息を吐き、目を閉じた。
頭に光がなだれこんでくる。どうやら水晶がそうさせているようだ。なるほど、目をつぶっていても判定の結果はこうして分かるのか。感心していると次第に模様が浮かんできた。
記憶をたどる。ブレイド寮の模様とはちょっと違う。スタッフ寮のものとも違うように思う。まだ模様がはっきり定まっていないからだろうか? そう思っていたが、そのままの形で模様は定まった。
「……おや、珍しいな。スレイブ寮だ」
「……スレイブ寮?」
ええと、スレイブ寮か。剣でも杖でもない。スレイブっていうと、……奴隷? まさか、……ねぇ?
トムソンは黙っている。寮のある方向だろうか? あらぬ方向を向いて口を閉ざしている。ネロとしてはブレイドでもスタッフでもないスレイブ寮について教えて欲しいのだが、そういう訳にもいかないようだ。
「なんだかんだ寮は離れ離れになっちゃったね」
「そう? 別に用があればいつでも寮に行けばいいじゃない。寮同士で特別仲が悪いとかないでしょ。ほらトムソンさんたちは寮が違うでしょ?」
エレクとマーサが話す声にネロはひとり頷いた。確かにマーサの言う通りである。寮が違うから何だと言うのだ。そもそも今までもお互い違う家に住んで、用事があればお互いに家に行っていたのだ。それが寮に置き換わっただけのこと。何の心配もない。
「すまないね、やっと繋がったよ。今から君たちに寮を案内する。……のだが、残念ながらスレイブ寮を私は案内できない。あまり詳しくないからね。だから助っ人を呼んだ。……まあ、悪い奴じゃないから安心してね」
「……え?」
……急に心配になってきた。多分やってくるのは普通の人ではない。そうじゃないとそんな言葉使わない。バドラ島で厄介者として名物だった酔っ払いのおっちゃんに父が同じことを言っていた。……あれ? それじゃあ酔っ払いが来るのか?
「寮はそれぞれ場所が違うんだ。ブレイド寮はこっち、スタッフ寮はそっち。スレイブ寮は……あの辺だったかな?」
トムソンは2つテンポ良く指差すも、少し迷いながらスレイブ寮があるらしき場所を指差した。……森しか見えないのは気のせいだろうか。ネロはますます不安である。
そして場所が違うということは案内も別々に行うということである。申し訳なさそうにトムソンたちはエレクとマーサを連れて行った。これでネロはひとりである。
やることは特にない。収納魔法から適当にパンをひとつ取り出す。……いい匂い。美味い。なんだか安心する。不安がどこかに行くようだ。母親は偉大である。
落ち着いてきたネロは取り出したパンを全て食べるとトムソンがさっき指差した方角を見始めた。……相変わらず森しか見えない。
その時上空から翼の音がした。
「ネロって名前の新入生を探してんだ。……あんたかい?」
翼竜にまたがりながら現れたその人はネロを見るなりそう言った。茶色の長い髪をゴムでまとめている。それによく通る高い声。……女の人?
「あんた名前は?」
「……ネロ・プリズマン」
「お! 当たりだ。あたしはロージア・ブライト。スレイブ寮を案内するよ。ほら乗ってきな」
そう言ってロージアは手を差し出した。どうやらこの翼竜に乗れと言うことらしい。翼竜は穏やかな表情である。幸い危険はあまりなさそうだ。ロージアの手を取ると鱗肌に足をかけロージアのすぐ後ろに一息に飛び乗った。先程よりも景色が高い。なるほどいい気分だ。
「なに、乗ればすぐさ。しっかり掴まっておきなよ。さあ、行くよ!」
大きな声と共にロージアは翼竜の首筋を軽く叩く。それを合図に大きく翼を広げると翼竜は飛び立った。寮がある方を向く。遠くに見えていた寮は、どんどんと……遠ざかっていく?
「……え?」
「ほらしっかり掴まってないと落ちるよ!」
こうしてネロはロージアによって寮ではない場所へ連れて行かれたのである。行き先は西の森。通称暗夜の森とも言われている。魔物たちの巣食う危険な場所である。




