違う世界
2人を乗せたツバサはすぐに夜空に消えた。夜空には綺麗な星が瞬いていた。もうしばらく見ていたいとも思うが、さすがに肌寒い。キダルは食堂へ寄ると言って先に戻っていった。
「さて、主様。私はこれから少し用があります故に、召喚を解いていただけますか?」
部屋へ戻ろうとしたその時ヴァンはいきなりそんなことを言い出した。召喚したデメリットがないからし続けているだけで特に用事はない。だから別に解いても何の問題もない。
ネロはすぐにアダプトリングを操作しようとして、……その手を止めた。そういえば俺はヴァンのことを何も知らないな。
「……ヴァンって普段どこにいるんだ?」
「私ですか? 私は普段魔界にいます」
「魔界?」
「ええ、魔界です。この人間界が表の世界だとすれば、裏の世界。魔物が生き生きと過ごす世界ですよ」
へぇ、そんなものがあるのか。裏の世界って言うからには……、今見てるこの世界とは全然違うんだろうな。きっと見たことない景色が広がっているんだろう。
「……興味がおありですか?」
「……ちょっとだけな」
「なるほど。でしたらまた後日詳しく説明いたしましょう」
「分かった、よろしく頼む」
ネロは頷いて今度こそアダプトリングを操作して召喚を解いた。代わりに召喚したクロを抱きかかえる。さて、部屋に戻ろうか。
階段を降りてネロは部屋の前に戻ってきた。もうキダルは戻ってるかもしれない。一応ノックをしてから入る。……どうやらまだ戻っていないようだ。
今日は色々なことがあった。魔力の心配はなくなっても精神的な疲れは当然ある。ネロはベッドに潜り込むとすぐに深い眠りについた。コーヒー片手に部屋に戻ってきたキダルに気づかないくらいに。キダルは起こさないよう注意しながらそっとおやすみと呟いた。
そして朝が来た。学校のある日の朝は早い。そろそろ慣れてきた支度を整えたネロは学校へと向かう。学校への道はまだ慣れない。帝都には目新しいものがいっぱいである。それがなんだかネロには楽しいのだ。
いつのまにか時間が経っていたらしい。教室前に到着したのは開始数分前のギリギリ。もう既にクラス全員が揃っていた。
昨日までとはまた違った組み合わせでそこかしこで話し声が聞こえる。なるほど、パーティを組んだ人で固まっているのか。ネロはそれとなくジースの姿を探す。……いた。昨日と比べてすっきりした顔に見える。
そういえば昨日はレオンと一緒にいたんだっけ? 何があったか聞きに行こうか。ネロが席を立つとその瞬間予鈴のチャイムが鳴った。……聞くのは後にしようか。
今日の午前の授業は時間割によれば生物学をするらしい。収納魔法に突っ込んである教科書を引っ張り出す。初日に渡されたきり開いていない新品そのものだ。……しまった多少は予習をしておくんだった。ネロがそう後悔したその瞬間、扉が勢いよく開いた。女の人がひとり入ってくる。なるほど生物学の担当は女性のようだ。
「さて、皆さんおはよう。生物学を担当するシルバ・アンダルシアだ。よろしく」
そう言ってシルバはにっこりと笑った。見た目よりも声が低く、そしてよく通る。この先生はどんなことを教えてくれるのだろう。少しワクワクしながらネロは教科書の1ページ目を開いた。表題には分類学と書かれていた。
「生物学はその名の通り生き物について学ぶ。最初の単元は分類学だ。……ふふ、既に教科書を開いている熱心な生徒が2、3人。大変素晴らしい姿勢だ。……だが、今は不要。気持ちはありがたく受け取る故、ひとまず閉じておいてくれ」
熱心な生徒のうちの1人に数えられネロはちょっとだけむず痒い。大袈裟に閉じると目立つ気がしてネロはゆっくりそっと教科書を閉じた。
無論大袈裟に閉じるのと同様に、ゆっくり閉じるのも目立つ行為である。だから目が合った。顔を上げたネロをシルバはずっと見ていたのだ。
「君の名前はネロ・プリズマン、違わないな?」
「……違わない」
「よろしい、それではネロに質問だ。生き物と言われて何が思い浮かぶ?」
いきなりである。まあ簡単な質問だからいいのだが。……ええと、生き物だろう? とりあえず思い浮かんだ順に言えばいいかな。
「虫、魚。それから人間、動物、魔物。……あとは植物、……くらい?」
「よろしい、概ねその認識で構わない。それではさらに君に質問だ。先程の回答、人間と動物と魔物と言ったな? それを分けたのはなぜだ? 等しく動物と言っても問題はないはずだ。……違うかい?」
……確かにその通りである。だがなぜと聞かれても困るのだ。思いついた順番に口に出しただけに理由なんてない。何となく別な気がするから。……それでは答えにはなっていないだろう。
「少々意地悪なことを聞いたようだ。別に理由は何となくでもいいのだよ。理由なんて時と場合によって様々だ。ここで大事なのは違いは何かということだ」
……違いは何か?




