3体目
ギィギ、と嬉しそうな声が聞こえた。どうやら名前を気に入ってくれたようだ。魔物を召喚するのはこれで3度目。こう何度も繰り返すとさすがに慣れてくる。ネロは足元でこちらを見上げている小さな竜を抱え込む。ズシリとした重みが心地いい。
「……ねぇ、水晶の入れ物はどこに?」
「ん? あぁ、……ええと、この辺り?」
首のあたりをさする。見えなくなっただけではなく存在自体も無くなっているかのようにネロの手にはドランの皮膚以外何も触れなかった。あぁ、そうか見えなくなったんじゃなくて消えたんだっけ?
「今のは契約だよ」
「契約?」
「契約は召喚魔法に使った装飾品をつけてあげることで成立するんだよ。魔物側が契約を受け入れたならその装飾品は消えるのさ」
そうだったそうだった。見えなくなるんじゃなくて消えるんだったな。3度目だから慣れたつもりだったけど、まだまだだな。……ん? 何かロージアが怖い顔だぞ?
「中級の魔物だ。そろそろ召喚を解いておきな」
「あ、……はい」
言われるがままネロは抱えているドランを地面に置いてアダプトリングのつまみを回す。ドランはそれで召喚が解かれた。そして怖い顔の理由も分かった。ロージアの視線は鋭くネロに刺さった。
「ネロ、お前今で契約した魔物は何体目だ?」
「……3体目」
「あれを召喚したな? 普通の水晶の入れ物では無理だったはずだ。あれは恐らく中級どころの騒ぎではない」
徐々に言葉には怒りの感情が乗ってきていた。なぜロージアがここまで怒っているかは分からない。ただ空気がひりついていた。誰も何も言えない。ネロは黙り込みノーラは困惑、キダルはバツが悪そうな顔だ。
「……キダル、お前だろ?」
「……はい」
「だろうな。魔物使いになって間もない魔導士が手に入れられる質では恐らく召喚ができない。となると外から手に入れるしかない。……お前はもう少し賢いと思っていたよ」
「……すみません」
異様な、異様な空気が流れていた。ロージアは確実に怒っている。理由はネロには分からない。そしてキダルは苦虫を潰したような顔で頭を下げている。ネロは何が起こっているのか説明が欲しかった。だが横にいるノーラでは絶対に説明ができない。ネロにできることはただ立っていることだけであった。
「さて、ネロ」
「……はい」
「あたしはお前に最初の召喚には適さないと言ったはずだ。覚えているか? ……ネロ、お前は魔物使いになって何日だ? あまりにも早いぞ」
「……ごめんなさい」
あぁ、そうか。そういうことか。ネロは素直に謝った。記憶を辿る必要すらない。確かにロージアはそう言っていた。そしてその時最初の召喚にふさわしくない理由も教えてもらったのだ。だからロージアからすればこれは裏切りである。
「……あの、どうしてダメなんですか?」
「召喚魔法は召喚時だけじゃなく、召喚中にも魔力を使う。そしてそこで使われる魔力は魔物の強さに応じて加速度的に増える。だからダメなんだ」
「……なるほど?」
状況が分からなかったのかノーラが質問していた。口調はまだ若干強かったが、怒りの感情は徐々にではあるが薄まったようだ。素直に謝ってよかった。ネロは苦い表情でそう噛み締めた。
『……主様、何を謝る必要があるのです?』
頭にそんな声が聞こえてきた。あぁ、念話か。この不思議そうな声はヴァンだな。それは自分の身の丈に合ってない魔物を召喚したからだよ。ヴァンは本来なら俺が召喚できないはずの魔物だからな。
……というか、ヴァンはさっきの話を聞いていたのか? 前もそんなことがあったけど、どこからか見てるってこと?
『ええ、見てます。主様が望むならいつでも私は現れますよ?』
……どういうこと? アダプトリングを操作しなくても召喚されるってこと? 来てくれ! とか言ったら? ……まさかぁ。
ネロはヴァンの言うことが信じられず笑いそうになった。ギリギリでこらえた……はずだ。多分バレてないと思うが、息は多少変になっていただろう。ロージアの顔がこちらを向いていた。
そしてその表情は見る間に驚きに変わった。
「……おい、そいつは……」
「へ?」
ロージアは口を開けている。キダルは震える指で後ろをさしている。ゆっくりと振り返ってみる。……ヴァン?
「はじめまして、私ヴァンと申します。以後お見知りおきを」
ネロの後ろに姿を現したのはヴァンだ。満天の星空の下で彼は不気味な笑みを浮かべていた。




