失敗は悪いことじゃない
幸い誰も怪我をしたものはいないようだ。リチャード先生の魔障壁は完璧である。ひとまずは安心である。魔法の暴発でクラスメイトをしかも初日に怪我をさせたとあってはいたたまれない。
ネロはこそっとマーサの表情を見てみる。うつむいていてよく見えないが、……見たことないほど耳が青い。多分血の気が引いている。リチャード先生の表情は見えない。……多分怖い顔だ。
「さて、マーサ」
「ひぃっ!」
「そう怯えることはないさ。むしろ失敗してくれてありがとうと言いたいんだ」
「……へ?」
てっきり相当に怒られると思っていたマーサはぽかんとした表情である。ネロの近くで「えっ?」という声が漏れた。怒られるんじゃないのか? という思いからだろう。まあ理解はできる。
そしてネロはリチャード先生の言わんとしてることも理解できた。多分リチャード先生はヨードルと同じ考えの持ち主だ。
「思い切りやれと言っただろ? 失敗を恐れて思い切りなんて無理だ。思い切りやるには成功率なんて気にする方が間違ってる。失敗したっていいんだ。その時のリカバリーのために先生がいるんだ」
ほらな、とネロはひとり思った。やはりヨードルと同じ考えの持ち主だった。魔法の規模が上がるほど暴発の危険は高まる。ましてや今回マーサは緊張で杖の向きを間違えていたことが原因である。上に向かってエナジーボムを撃てばどうなるかは想像しやすい。
となれば対策も簡単である。今回リチャード先生は全員分個別に魔障壁を展開することでそれを完璧に防いでみせた。さすがは先生である。
マーサは涙目ではあるが気持ちは持ち直したようだ。青かった表情に血の気が少しずつ戻ってきていた。
「さて、先程の火属性中級魔法だが、残念ながら測定不能だ。今すぐ2回目を測ることもできるし、順番を待つこともできる。……どうする?」
「……今やります!」
「よし、それじゃあ頑張って」
マーサはすぐに2回目をすることに決めた。1回目派手に失敗したから肩の力はいい感じに抜けている。あらゆる意味で終わったと思ったが、先生は優しい。
手堅くスコアを出すのもいいけど、やっぱり中級魔法にこだわりたい。せっかくの2回目だ。思い切りやる方が先生も嬉しいだろう。
マーサは杖を構える。今度は間違えない。マジックドールの少し上に杖先を向ける。あの辺りで爆ぜればきっと良いスコアが出せるだろう。
「……エナジーボム!」
杖の先から火属性の中級魔法が放たれる。緩やかな弧を描きそれはマジックドールの2メートルほど手前で爆ぜた。爆発の衝撃に加え、分裂した火の玉がいくつもマジックドールに降り注いだ。会心の出来だ。
「……マーサ・バーガンディ火属性、スコア463」
大技を連発したからかマーサは肩で息をしていた。生徒は皆反応できていない。歓声が湧かないのはマーサがすごくないからではない。凄すぎて反応が遅れているのだ。
ネロはひとり拍手でマーサを讃えた。それにつられひとり、またひとりと拍手が増える。最終的にクラスメイト全員がマーサに拍手を送った。マーサはなんだかこそばそうな表情だ。まあこれまでのスコアより圧倒的に高い数値を出したのだ。拍手は当然だろう。
「次! ミルコ・アマルフィ」
リチャード先生からは特に言葉はなかった。淡々と測定が続く。マーサから数えて8人目。名簿順で最後の生徒であるワダマンド・テーラーがスコア298を出した。そして彼は大袈裟に肩を落とし、大声で叫んだ。
「こんなスコアじゃあダメだ! どれだけ1位と離れてると思ってる! なんて惨めだ‼︎」
「ワダマンド、それは違う」
大袈裟に嘆くワダマンドにリチャード先生は強い語気でたしなめた。今日一番の強い語気である。ワダマンドの嘆きは大半の生徒がうっすら思っていたことで、再び全体に緊張が走った。
「……惨めでしょう? 何が違うんです?」
「今測定しているスコアは確かに一撃で与えるダメージを数値化したものだ。故に一撃において君はマーサに劣ることは事実。……だが決して惨めではない」
「……あおっているんです?」
ワダマンドは眉をひそめた。何を言ってるか全く理解できなかったからだ。違うと強く断言されたからには何かしらのフォローが入るのだと思ったのだ。だから大人しく聞いたのに、続けられた言葉はマーサに劣るという事実を突きつける残酷な言葉。機嫌を損ねるのも無理はない。
「一撃のダメージで劣るとして、俺は君が魔導士として劣っているとは思っていない」
「……は?」
「魔導士の評価は一撃で決まるほど単純ではないということだ。良い機会だ、皆にも説明しよう」




