魔法の相互関係
ヨードルはネロをまっすぐに見つめた。その表情は複雑である。真剣なようにも見えるし、面白がっているようにも見える。ヨードルが話しだすまでの間、ネロは黙ってヨードルを見ていた。
「……なるほど、お前は固有魔法に興味を持ったって訳だな。ちなみに名前はなんて言うんだ?」
「ネロ・プリズマン……」
「ネロだな。理由を聞いてもいいか? ネロが固有魔法について質問しに来たその理由を」
当然の質問である。先程の魔法学概論では様々な話をしていた。その中で固有魔法はオマケ。探索魔法の有用性を説明するだけにちらりと見せたものに過ぎない。
だが、そんな固有魔法にネロは惹かれたのだ。その理由はキダルのある言葉からである。キダルは確かにこう言ったのだ。「魔物たちは何でもできる。僕たちができること全てね。……逆に僕たちができないことはできない」……と。
「……つまりネロはあれか。バニッシュの固有魔法であるインビジブルを、主であるオレも使うことができるのか気になった。……と?」
「あぁ、そうだ」
「……素晴らしい着眼点だ。実に素晴らしい」
感嘆にも似た声を漏らすとヨードルは立ち上がり、積み上げられた本を漁り始めた。そしてやがてその手は止まった。装丁がもう壊れかけた古びた本がそこにはあったのである。
「それは?」
「これは昔とある学者が書いた論文だ」
「ロンブン?」
「あぁ、論文を知らないか。そうだな……、これは魔法について書いた本だな」
「なるほど」
「今回はそのくらいの認識でいい。さて、肝心なのはその内容だ。本の題名が読めるか……?」
ヨードルは穏やかな表情で表紙についた埃を手で払うとネロの顔の目の前に近づけた。フォントが古めかしいため読むのに手間取ったが、なんとか読み取れた。
「……ええと、固有魔法の習得について……?」
「そうだ。固有魔法は魔物が習得できる魔法の中で、種を共通して習得していると確認された魔法を指す。この本は魔物が生まれてからいつどのタイミングでその魔法を習得しているのかを調べたものだ」
この本は魔物使いであった筆者が、固有魔法について色々と検証した結果を学説にまとめたものである。筆者が行ったことは次のような実験である。
実験対象としたのはスノークラブ。固有魔法はフロストシールドである。カチコチに凍らせた甲羅で敵の攻撃から身を守る補助魔法だ。
野生のスノークラブの巣を突いた結果、産まれてからおよそ2月未満と見られる個体ではフロストシールドの発動が見られなかった。よって筆者は固有魔法の習得にはおよそ2ヶ月の月日が必要だ。と仮説を立てたのである。
ここからが問題となる。筆者は自分の仮説をより正確にするために、スノークラブと番いで契約し、子どもを産ませた。産まれてから毎日実験をすることで、正確な日を割り出そうとしたのだ。
しかし実験は失敗に終わる。理由は簡単。なんと初日にフロストシールドの発動が確認できたのだ。その結果を筆者は小躍りして喜んだという。そしてこれを学説にまとめこの本を出したのだ。
「……以上がここに書かれた内容だ。さて、素晴らしい着眼点を持つネロならこの内容でとある仮説が浮かばないかい?」
「ええと、……筆者がスノークラブ? と契約していたから産まれたてでも固有魔法が使えた?」
「素晴らしい。その通りだ」
ヨードルは満足そうに微笑んだ。この研究から固有魔法に対する研究が加速度的に進んだのは言うまでもない。契約することで固有魔法を継承させることができる。このことがわかったのは1世紀以上の前のことである。
「さて、そろそろ質問に答えよう。ネロの質問はバニッシュの固有魔法であるインビジブルをオレが使うことができるか……だったな?」
「あぁ」
「結論から言うと、△だ」
△? どういう意味だ?
「習得しているが、発動はできない」
「……というと?」
「バニッシュはからだの色そのものを変えることができる。それを使って周囲の景色に溶け込む魔法。それがインビジブルだ。当然のことだが、オレはこの状態でからだの色を変えることはできない。だから発動はできないんだよ」
なるほど、そういうことか。魔法として習得こそしているが、発動することができないってことね。固有魔法って言うからその魔物にしか使えないと思ったけど、案外そうでもないみたいだ。……ちなみに。
「他の魔物はどうなんだ?」
「同じことだ。習得しているが、発動はできない。固有魔法のそれは魔物固有の性質によるものが多い。習得こそできても使いこなす確率はかなり少ない。……と、されている」
まあ固有魔法って名前がついているんだからそりゃそうか。ただ対応するものがあれば発動できることもあると。スノークラブのフロストシールドだっけ? 聞く限りでは多分甲羅がある魔物ならできそうな気がするしな。
「さて、ネロ。お前さんは魔法学校の新入生なんだろう? 入学式はいつなんだ?」




