固有魔法
「……いつから、ですか?」
「言ったろう? 最初からだよ」
言いながらヨードルはバニッシュの頭を撫でた。気持ちよさそうにバニッシュは目を細めている。その様子をネロはじっと見ていた。
するとその視線に気付いてか、バニッシュは姿をさっと消した。索敵魔法を使うと先程いた位置にはもういない。いつのまにかヨードルの肩の上に移動していたようだ。
「これはバニッシュの固有魔法インビジブル。自らの体を透明化することで、外敵に視認されないようになる。が、これはあくまでも視認されないだけ。存在ごと消える訳じゃないから例えば索敵魔法で簡単に探すことができる」
「……つまり有効活用というのは」
「そう、見えないものの存在に気付くには探索魔法は優れた力を発揮する。だが、使ってやらなければ意味がない」
ヨードルが説明している間バニッシュはまた場所を変えていた。今度は赤髪の少年の前にすっと立っている。……何かを持っている。そんなシルエットだ。
「魔物によって戦い方も大きく変わる。何も真正面から戦う奴ばかりじゃない。警戒を怠れば、すぐに苦境に陥る。……こんな風にな」
ヨードルがそう言った瞬間、バニッシュが姿を現した。手には鋭く長い針が握られている。その先は少年の喉元を向いていた。
「この話をしている途中、索敵魔法を使ってバニッシュを追おうとしたのは何人かいる。そこの魔物使いなんかはずっと使っていた。……対してお前は少しも使っていない。だから狙った。気付いていたか?」
「……すみません」
「どれほどの魔法を習得していようとも、必要時に使えなければ何の意味もない。まずはそれを頭の中に徹底的に叩き込め。必要性を考えるのはその後でも充分だ」
赤髪の少年は突きつけられた言葉に若干泣きそうになっている。……まあ、あんな風に言われたら俺もそうなってしまうかもな。ネロは他人事には思えなかった。確かにネロは先程褒められたが、それはたまたまである。ネロは警戒して索敵魔法を使っていた訳ではない。ただ目先の興味に従っていただけなのだ。
「さて、魔法学概論の時間はこれで終わりにしよう。今回の話はこれからお前たちが立派な魔導士になっていく上で大切な話になる。何度も振り返り自分の中に落とし込んでくれ。それでは次回の認定演習で会おう」
そう言うとヨードルはさっさと部屋を去っていった。自分たちがいかに魔法を有効活用していないか、ありありと知らされたのだ。しばらく誰も席から立つことができなかった。比較的傷が浅いからだろうか。一番最初に席を立ったのはネロだ。まだ黙って座っている皆を尻目にネロは部屋を去ったのである。
部屋から出ると、すぐ近くの壁際にもたれて立っているキダルが見えた。何となくそろりと近づくとすぐに気付いたのかパッと顔を上げた。
「……どうだった?」
「まあ、楽しめたよ。……ええと、キダル。ヨードルさん? が今どこに行ったかわかる?」
「ヨードルさん? ヨードルさんなら今は食堂にいるんじゃないかな。だってもう昼過ぎだし」
そうか、もう昼過ぎか。先程濃密な時間を過ごしたからかネロはもう昼の時間であることを忘れてしまっていた。気付いたらもう無視はできない。腹が食事をくれとしきりに主張してきた。
「ふふ、腹減ったのかい?」
「……昼食の後ならどこにいるか知ってる?」
「さすがに俺もそこまで詳しくは知らないなあ。まあ、職員さんに聞けば分かると思うよ」
なるほど、職員が知っているか。確かにそうだ。それなら昼食後でも問題ないだろ。……目の前で見せられたら興味が出てきた。固有魔法があるなんて知らなかったからな。知らないことは……、潰しておきたい。
ネロはキダルについて食堂へと向かった。一応と周囲を見渡してみたが、ヨードルらしき人物は見当たらなかった。肩を落としたネロを慰めたかったか、キダルはここでも奢ってくれた。もちろんありがたく奢ってもらう。
少し辛味の強いカレーを腹一杯食べたネロはフロアに戻ると早速職員にヨードルの行方を聞いた。質問がしたいのだと言うと快く教えてくれた。
教えられた通り階段を使って別棟の4階へ向かう。この別棟はどうやらギルド所属の講師が研究するのに使っている部屋なんだそうだ。道中でキダルが教えてくれた。名札があるので間違いはない。ヨードル・フリードの名札が下がった部屋は明かりが着いていた。
「……ん? お前午前の演習にいた奴だな。キダルと一緒にいた、……違うか?」
ヨードルはネロを見てニヤリと笑った。そりゃキダルが後ろにいるから分かるだろと思ったが、後ろを見ると誰もいない。……なるほど、ここでもキダルは入ってくる気はないようだ。
「あぁ、質問があって来た」
「いいね、積極的だ。そういう姿勢はすごく良い。……それで質問って?」
「……固有魔法について教えてほしい」




