魔法学概論
ヨードルは唐突にそんなことを言い出した。言われてネロは周りを見渡す。年齢を聞いたわけではないが、多分そうなんじゃないか? ……コイツを除いて。
ネロは斜め後ろに座っている少年をちらりと見る。彼は先程から集中力を無くしているのか手遊びを始めていた。……皆の視線に気付いたのか慌ててヨードルを見て口を開いた。
「あ、……僕は違う。まだ9歳だから……」
「ほう、お前は違うか。それならこれを先に渡しておこう」
ヨードルは彼に向かって歩き出しながら懐から封筒のようなものを取り出した。何が書いてあるか全部は読み取れなかったが、辛うじてパーティと書かれているのは見えた。
「これからパーティ申請をする上で必要な書類が入ってる。詳しいことはギルドの職員に聞いてくれ」
「……分かった」
「……どうして彼だけに?」
様子を伺っていたネロだが思わずその疑問が口をついて出てしまった。パーティを申請する上で必要な書類ならば全員に配るべきだろう。
「魔法学校の生徒なら不要だ。パーティ申請は学校でやるからな。むしろここで申請してしまうと後々ややこしいことになる。だからお前たちには渡さない。……これで解決したか?」
ヨードルはにこりとした表情でネロをまっすぐ見てそう答えた。質問の答えを考えていた様子はない。多分よく聞かれることなのだろう。そしてその答えはもちろん十分理解できた。
「分かった」
「よし、それでは今から魔法学概論の本筋を話していこうか」
魔法学概論。魔導士が必ず知っておくべき基本的な心構えや知識の話。なるほどヨードルの言う通りである。魔法の属性の相性関係についてや、射程と範囲を用いた攻撃魔法の分類について、クールタイムについてなどその内容は多岐に渡った。
もちろんネロにとって知らないことばかりだ。知らないことを吸収することは楽しい。一言一句聞き逃すまいとネロはいつになく真剣で集中していた。
「……説明はこれで以上だ。ここまでで何か質問があるものはいるか?」
ヨードルのその言葉にネロは慌てて懐中時計で時間を確認する。……もう昼が近い。いつのまにか時間が随分経っていたようだ。ネロが経つ時間の速さに感心しているすぐ横でひとり手を挙げるものがいた。
「あの……、これから習得していく魔法で優先度が一番高いものはなんですか?」
なるほど、まあ気持ちは分かる。ネロは真横に座る緑髪の少年を見てほんの少しだけ口角を上げた。要するに彼は最短で強くなりたいのだ。もちろんネロだってそうだ。できることなら最短かつ最高効率で最強を目指してみたい。だが、そんなものは……。
「それは人によるな。例えば速度上昇の効果のある補助魔法アクセラライト。これは軽装備で手数重視の魔剣士に好んで使われる。だが重装備の魔剣士には見向きもされない」
「……なるほど」
「攻撃魔法はもっと分かりやすい。どう考えても強い魔法があったとしても、属性が違いすぎてそもそも習得できないことはザラにある」
まあそんなことだろう。そもそもそんな最強になるための方法論が確立されてたら、世間は特級魔導士で溢れかえってるはずだ。人によって強くなるための方法が異なるなんて当たり前の話。
主様は案外冷めてるんですね、なんて念話が聞こえた気がした。放っておいてほしい。下手なことを言って落ち込みたくないだけだ。ほら質問した子が残念そうにうつむいちゃったじゃないか。
「……だが、習得する魔法について考えるその意気やよし!」
……ん?
「一番優先度の高い魔法は教えられないが、比較的優先度が高い魔法ならば教えてやれなくもない」
ヨードルはにっこりと笑っていた。もちろんその表情は真剣だ。冗談で言っているわけでも、落ち込んだ少年を励まそうと言っているわけでもない。
その優先度が高い魔法とは何だろう? 少し引いた態度だったネロも思わず聞き耳を立てる。ヴァンがこれを何と思っているかは気にしない。聞いて損でないなら聞くべきだ。
「……比較的優先度が高い魔法。それはすなわち汎用性が高い魔法、要するに補助魔法になる。ちょうど最後にしようと思っていた話だ。今からお前たち全員にとある魔法を教えよう。……それは索敵魔法だ」




