ロードではない
ヴァンは自分の名前に満足したようで、しみじみと何度も頷いていた。こういうリアクションが返ってくるなら名前をつけるのも悪くないな。ネロはにこりと微笑んだ。
ヴァンは背中に大きな剣を背負っている。鞘に隠れて見えないがかなり上等なもので間違いない。少しずるい気もするが、魔剣使いとしての魔物はこれで確保できたでいいだろう。
剣の腕前も見たいところだが、そろそろ召喚を解かないとまずい。今度こそ改めてネロはキダルの方を向いた。キダルはぽかんと口を開けたままだ。……もしかしてずっとこんな感じだったのか?
「キダル。……キダル!」
「! あぁ、ごめん。ちょっと意識が飛んでたよ。ええと、何だい?」
「召喚を解くにはどうしたらいい? アダプトリングを操作したらいいのか?」
「横のつまみを回すといいよ」
なるほど、操作は簡単らしい。アダプトリングの横を探ると確かに何か動かせるパーツがあるようだ。それを右に回してみる。するとヴァンの姿が消えた。恐らくこれで召喚が解かれたということだろう。
「……き、緊張したぁ」
振り返るとキダルがへたりこんでいる。なぜという疑問が一瞬浮かんだがすぐに消えた。緊張した。その原因はどう考えてもヴァンである。ネロは漠然としかわかっていないが、魔物使いとして二級魔導士のキダルからすればヴァンは緊張の対象なのであろう。
「思ったよりすんごいのが喚ばれて僕はもうびっくりだよ」
「……そんなにすごいの?」
詳しい人から説明を受けたら分かる。そう思ってネロはキダルにそう聞いたのだが、キダルは答えなかった。その代わりに収納魔法から分厚い図鑑を取り出すとページをめくり始めた。……やがてその手が止まる。
見開きのそのページにはヴァンパイアロードと書かれていた。挿絵に描かれた魔物はかつて見たおとぎ話の魔物にそっくりである。
「……恐らくはこの魔物だよ」
「ヴァンに似てるけど、ちょっと違うような?」
「……ん、違う? あぁ、ごめん間違えた。こっちこっち」
キダルは慌ててさらにページをめくる。挿絵はヴァンそっくりである。なるほど、この魔物だというのなら正しいかもしれない。見開きのそのページにはヴァンパイアグレイスと書かれていた。
「……ヴァンパイアグレイス?」
「恐らくそうだ。ヴァンパイアロードでもそこらの魔物では歯が立たないくらいに強い。……だが、ヴァンパイアグレイスはロードでさえ霞むほどの強さ」
「……へぇ」
「召喚して間もない魔物は稀に理性を失って暴れることがある。もし今回そうなれば君はもちろん僕も死んでいただろうね」
そう言ってキダルは肩をすくめる。冗談めかして言っているが表情は真剣である。先輩からすれば、今回のネロの行為はかなりリスクが高い。
今回は大丈夫だったが、大丈夫ではない場合もある。キダルはそう言いたいのだ。
……もっとも召喚を促したのはキダルであり、ネロはそれに乗っただけ。もっと言えば、魔物使いが戦闘スタイル別に魔物を複数用意しているという話をしなければ、ネロは2体目の魔物を召喚しようとすら思わないはずである。このことをネロもキダルも気づいてはいない。
「さ、魔物使いの戦い方はこれくらいにしておこうか。そろそろ開く時間だしね」
「開く時間?」
「魔導士ギルドさ」
魔導士ギルド。各地に転々と拠点を構えるこの組織は世界中のすべての魔導士を管理しているという。帝都にある魔導士ギルドはその中でも一番の規模を誇る。
扉が開いて間もないがロビーには既に数人の魔導士がいた。その人たちを横目にネロたちはカウンターに並ぶ。今回の目的は登録である。
多くの魔法学校は学生証とギルドカードを兼ねている。もちろん帝都第二魔法学校もそうだ。登録自体は魔導士であれば可能。ギルドカードを持っておく利点は多い。数日後の入学式を待つ必要は特段ない。
もうすぐ自分のギルドカードが手に入るのだ。ネロのテンションは次第に上がっていた。……そろそろネロの番のようだ。
「お待たせいたしました。本日はどうされましたか?」
「魔導士登録がしたくて」
「新規登録ですね。かしこまりました。それではこちらのカードに魔力を注いで下さい」
差し出されたカードは真っ白で何も書かれていない。言われるままに魔力を注ぎ込む。じんわりと文字が浮かび上がる。……ネ、ロ。あぁ、俺の名前だ。……ん?
「はい、ありがとうございます。ネロ・プリズマンさんですね。照合いたしますのでしばらくお待ち下さい」
そう言うと職員は奥へと引っ込んでいった。ネロは呆気に取られている。どういう理屈で文字が浮かび上がったのか理解できない。ネロはここに来てから一度も名乗っていないし、呼ばれてもいない。もちろん職員は初対面だ。……いったいどういうことだ?




