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吸血鬼


 水晶が光を放つ。眩いばかりのその光に目を細める。クロの時よりも強く、そして圧倒的な輝きを放っている。恐らく地面には魔法陣が描かれているのだろう。だがそれを直視できないほどには眩しいのだ。


 やがて光が弱まっていった。ようやく視界が良好になってきた。近くに見知らぬ人が立っている。青白い透き通った肌。黒い開襟シャツからは筋肉質な体がちらりと見える。顔を見る。美形だ。八重歯が見える。……気づかぬうちに誰かが修練場に来てたのか?

 ……いや、違う。さっき俺は何をした? ヴァンパイアロードを召喚したんじゃないのか? それじゃあ目の前のこれは恐らく……、ヴァンパイアロード。


 目の前の魔物はネロの想像の域を遥かに超えている。昔読んだおとぎ話のヴァンパイアはもっと小柄で魔物らしさが残っていた。しかし目の前の魔物は違う。こいつは最早人である。魔物なのか……? そんな疑問が浮かんでは消えた。


「これは……、召喚魔法ですか。……ふむ、私を喚んだのはあなた様でしょうか?」

「! あぁ、……そうだ」


 低く、重みのある声が辺りに響く。口調こそ丁寧だが威圧感をはらんでいる。許されるならば怖気付いて逃げ出したいくらいだ。だが、そうはいかない。

 多分舐められてはいけない。ネロの返答はほとんど無意識のうちに口からでたものだ。とはいえ何とか答えにはなった。


 だがそんな悠長なことを言っている場合ではない。召喚できる時間は限られているのだ。ロージアの見立てでは1時間くらいと言っていたが、この分だともっと短い。召喚しただけで終わりではないのだ。契約をしなければ意味がない。

 手が少し震えているか。ネロは振り払うようにしてそれを誤魔化すと手に持っていた水晶の入れ物を差し出した。


「……これを」

「……私と契約をしようと言うのですね。召喚された魔物は主と契約するのが習わし。私も当然従うつもりではございます」


 意外と素直である。ヴァンパイアロードともなると理性が高く保たれているのだろうか。それとも目の前の彼が従順な個体なのか。感心と戸惑いの入り混じった表情でネロは水晶の入れ物を手渡した。

 彼は受け取るとしげしげとそれを見つめ、そして首にかけた。水晶はすっと見えなくなった。契約成立である。

 安堵のため息が漏れる。張りつめた空気が少し緩んだ。……あとは召喚を解くだけだ。やり方を聞くためにネロはキダルの方を向こうとした。


「ふむ、これは。……まだ足りませんね」


 その声に驚いて振り返る。契約の手順は間違っていないはずだ。足りないなんてことはあり得ない。だが目の前の彼はひどく真面目な表情である。……嘘は言っていない。


「……足りない? 何の話だ?」

「このままでは私の力が半分も出せないかと。主様は私の力を必要に思って召喚したのでしょう? それにこのままではわずかな時間しか召喚し続けられない。……違いますか?」


 前半は何を言ってるのか分からないが、後半はその通りである。確かにネロはわずかな時間しか召喚することができない。それ故に召喚を解こうとしているのだ。


「おや、召喚を解かれるのですか。残念ですねぇ、まだ私は主様に名前をつけてもらっていないというのに。ほら、召喚した魔物には名前をつけるんでしょう?」


 彼は不敵に笑みを浮かべた。なぜ召喚を解こうとしているのがバレたのだろう? その答えはすぐに思い至った。意思疎通だ。ネロは彼と契約を交わしている。つまり今この瞬間、ネロの考えは彼に筒抜けである。

 

 時間にして数秒。ネロは彼をじっと見つめた。意思疎通は片側通行。まだネロには彼の考えは分からない。ただ、少なくとも彼からこちらを騙そうという意思は感じ取れない。ならばこうしよう。彼は何か知ってそうだ。


「……俺はどうすればいい?」

「先ほどの契約と同じことをすれば良いのですよ。……こちらをどうぞ」


 そう言って彼は何かを差し出した。受け取ってみる。……イヤリングだろうか? ためらう暇はない。ノータイムでネロはそれを右耳に近づけた。するとそのイヤリングはネロの耳に合うように変形し、すっと消えた。


「……これでいいか?」

「ええ、左様でございます。……ふふ、私の言葉を信用して下さって嬉しく思いますよ。あぁ、そうだ。主様、私に名前をいただけませんか?」


 目の前の魔物はにこやかな表情である。こちらを騙そうという意思はない。それどころか名前をつけられるのを心待ちにしているかのようだ。

 クロの時もそうだが、名前をつけるのは難しい。こういうのってパッと思い浮かんだものが多分正解で、色々考えてしまうのはダメなんだろう。でもパッと思い浮かんだ名前はちょっと素直すぎるような……。


 それでいいのですよ。そんな声が聞こえた気がした。口は開いていない。となると、こちら側からも意思疎通ができるようになったのか? 先程のイヤリングの効果なのかもしれない。ネロは驚きと戸惑いでなぜだか笑みがこぼれた。

 いいって言うのなら文句はないだろ。そのままだけど気にするな。


「……お前の名前はヴァンだ。よろしくな」

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