もしかして……
「……え?」
キダル以外は他の誰もいない修練場でネロのそんな間抜けな声が響いた。ネロは収納魔法から取り出した杖を構えたまま口をぽかんと開けていた。
闇属性の低級魔法、魔弾【闇】。闇属性の魔力を球状に固めて相手に放つ魔法である。闇属性の魔力さえあれば誰でもできる簡単な魔法である。もちろんネロもできる。
だが、今回は発動しなかったのだ。キダルと同じように床に置いたバッドバットはこちらを向いて不思議そうな表情だ。
「……ネロもしかして、契約をかわしていないのか?」
「契約? 何それ」
「魔物使いは魔物を召喚した後契約を結ぶんだ。そうすれば魔物たちと意思疎通ができるようになる。……といっても一方的なものだけどね」
キダルの話を聞きながらネロは自分のバッドバットとキダルのスパちゃんを変わりばんこに見ていた。確かに先程の魔障壁は意思疎通なしでは到底あり得ない。ネロが魔弾【闇】を放ってもらおうとして、バッドバットが何もしなかったのもそれなら理解できる。
「初めて召喚魔法を使ったばかり。色々と教えてやってくれってのはそういうことだったのね。それじゃあ戦い方よりも早く契約のことを言わなきゃダメだったか。まったくロージアさんも人が悪いよ」
「ちなみに召喚した魔物と契約しないとどうなるんだ?」
「そうだね……。大人しい魔物ならいいんだけど、さっきも言ったように意思疎通ができないからトラブルの原因になりやすい。まあ、よほどのことがない限り契約はしておくのが無難だよ」
キダルの話を聞きながらネロはバッドバットの顔をじっと見ていた。バッドバットもまたこちらを見ている。また不思議そうな表情をしている。恐らく何一つ伝わっていない。意思疎通が図れていない証拠だ。
となるとすぐにでも契約をした方がいい。……どうやって?
「召喚する時に小さな水晶を使ったかい?」
「……あぁ、あれか。使ったね」
「それまだ持ってるかい?」
収納魔法に手を突っ込む。収納魔法を習得してから手に入ったものは全てここに突っ込むようになった。多分中は色んなものでぐちゃぐちゃなんだろうが、問題なく取り出せるんだから気にしない。
取り出した水晶の入れ物にはバッドバットの羽根が入っている。間違いなくこれが召喚の時に使ったものだ。
「それをバッドバットにつけてあげて」
「……こうか?」
バッドバットはコウモリ型の魔物である。当然羽根が生えており、空を飛ぶ。多分だが、この水晶は邪魔である。……邪魔にならない位置につけてあげたいが、そんな場所は特に浮かばない。諦めたネロは無難に首元に巻きつけてあげた。
……するとどうだろう。つけたはずの水晶がすっと消え去ったのだ。
「あれ? 消えた?」
「……うん、契約完了だね」
「……?」
「契約は召喚魔法に使った装飾品をつけてあげることで成立するんだよ。魔物側が契約を受け入れたならその装飾品は消えるのさ。……ふふ、どうやら懐いていたみたいだね」
嬉しい話である。意思疎通こそ図れていなかったがネロとバッドバットは最初から友好的だったという訳だ。そう分かってネロは表情を緩める。それを見てバッドバットは笑顔だ。……ふふ、可愛らしい。あ、そうだ。
「名前……って、つけられるんだよな?」
「もちろん。呼びやすいようにつけてあげてね」
そう言いながらキダルは口笛を吹いた。スパちゃんがキダルのところへ飛んでいき、腕の中にすぽりと収まった。スパちゃん……。確かに呼びやすいシンプルな名前だ。
バッドバットを見る。元の名前は6文字。呼びやすいとなると3文字くらいに減らしたいところ。
…………考える、考える。考えども出てこない。こういうのってパッと思い浮かんだものが多分正解で、色々考えてしまうのはダメなんだろう。名前なんて考えたこともなかったから初めて知ったね。
さ、そろそろ結論を出そう。悩んでても仕方ないしね。シンプルが一番だろ。
「……クロかな。これからクロって呼ぶことにするよ。よろしくな」
ネロは穏やかに笑ってバッドバットにそう言った。嬉しかったのかクロは笑顔になってネロの顔に飛びついた。ふふ、我ながらシンプルすぎる気がしていたが名前も受け入れてくれたようだ。
「今なら魔法も撃てるんじゃない?」
確かにそうだ。収納魔法から杖を取り出す。ネロができる闇属性の魔法は数少ない。魔弾【闇】でもいいのだが、せっかく初めて撃つんだ。さっきとは違う魔法で試してみたい。……ちょっと中級魔法を試してみるか。
ネロは杖を構え、少し離れた位置にある的に狙いを定めた。クロもまたネロの頭から飛び立つと同じ的を狙う。意思疎通とは素晴らしいものだ。それを実感しながらネロは魔法を撃つ。
「……ダークジャベリン」
中級魔法ダークジャベリン。具現化した闇の槍が2本。伸びやかな直線を描き的に命中した。威力も十分である。




