見知らぬ本に知った話
「……これは、エピックですか?」
「エピック?」
「語り継がれている神話を取りまとめた本です。おとぎ話と言った方が分かりやすいでしょうか」
あぁ、それなら知っている。それじゃあこれはおとぎ話の本なのか。聖獣伝説。まあ、聖獣についてのおとぎ話だと。……これがどうお礼になるんだろう?
「私の見立てでは、……君たちが今知りたいことがここに書かれている」
「……今知りたいこと?」
「そうとも。是非読んでくれたまえ」
校長はまっすぐな目でそう言った。そこまで言われて要らないとはとても言えない。ネロはその本を丁寧に収納魔法へ収め校長室を出た。
建物の中だから空調も効いていて心地よい。だがヴァンは大粒の汗をかいている。そろそろヴァンが限界のようだ。クロも心配だから急がないとね。
『……主様、ショートカットしましょう』
『ショートカット?』
『影移動なら一瞬で寮へ戻れます』
『……だが、それだとヴァンが危ないんじゃないか? 相当汗かいてるよ?』
『これは精神的な疲れによるものですから魔力が減っても何の問題もありません。むしろ早く分離体を解除した方が私は助かります』
そういうことならと、ショートカットしましょうというヴァンの提案に乗った。誰も周囲にいないことを確認してからネロはヴァンの手を握る。影は瞬時に2人を覆って消えた。
寮の手前に植えられた広葉樹の影。それがヴァンの指定した移動先である。学校から寮までは歩いて数分の距離だがそれでも数秒で済んだのは嬉しい。ヴァンの提案に感謝して2人は急いで寮の部屋まで駆けた。
扉を開けるとヴァンの精神体がクロをじっと見つめながら座っていた。ヴァンが手をかざすと精神体は光となって消えヴァンに吸い込まれる。クロは相当元気になったのか入ってきたネロを見て笑顔で飛びついてきた。良かった、これですべて一安心だ。
「外にいる間、特に変わったことはなかったみたいですね。良かった良かった」
「……? そんなことも分かるのか?」
「吸収する時や消した時に分離体の記憶を共有できるのです。精神がかなりすり減りますが、結構便利ですよ」
そう言ってヴァンはにこりと笑う。思うに精神的な疲れがあるのはそれが原因ではとネロは思う。確かに便利かもしれないが、それは分離させた精神体が欠かさずクロを見ているから成り立つ話である。
本体と連動させるならともかく、分離させた精神体は動きこそないがまったく違う行動である。ネロは残念ながら自分ともうひとりの自分とを操る精神力はない。というか他の人もきっとないだろう。誰にも真似できないヴァンだけの芸当だ。……まあ、真似しようとは思わないが。
飛びついてきたクロを剥がし頭をそっと撫でた。体温はすっかり下がっており、健康そのものだ。すぐに病院へ行ったからすぐに治ったのだ。とにかく治って良かった。安堵の気持ちでネロはずっとクロの頭を撫でていた。
「さて、主様」
「ん? どうした?」
「校長先生からいただいた本を読んでみませんか? 今私たちが知りたい話が載ってるそうで気になっていまして……」
ヴァンは遠慮がちにそう言った。まあクロの回復も確認できたことだし、もらった本の中身を確認しても何も問題はない。
それにネロだって気になってはいたのだ。校長先生の言う今ネロたちが知りたいこととは何なのだろう。その言葉はネロの興味を刺激するには充分すぎた。
聖獣伝説。文字通り聖獣について書かれたエピックである。最初の数ページは目次だ。じっくり見る必要はないだろう。ネロはさらっと見てさっさとページをめくろうとして、……その手を止めた。そして急速にあるページをめがけてめくり始めた。
やがてその手は止まった。聖獣についての話が終わり、どういう聖獣がいるのかという話の最初である。まず手始めに紹介されていたのは炎を司る聖獣。名前をスザクと言うらしい。
「……ええと、ヴァン。幻獣って何だったっけ?」
「幻獣は魔物の古い呼び名です。人間にとって滅多に遭遇しない存在だから、人間は魔物を幻獣と呼んでいた。そんな歴史があると聞いたことがあります」
「聖獣は?」
「残念ながら私は聞いたことがなく……。幸いこの本に書いてあるそうですから最初からちゃんと読んでいきましょうか」
それもそうだとネロはひとまず本を閉じた。聖獣伝説という題名が目に入る。校長先生が今知りたいことが載っていると言った意味がようやく理解できた。確かにこれは今ネロたちが知りたい話が載っている。
ひとつ深呼吸をしてネロは本を再び開けようとした。その時ノックが聞こえた。キダルが帰ってきたのだろう。それなら入ってくるのを待とう。ネロは本を持ったまま扉に視線を向けた。
……だが扉は一向に開かなかった。ネロが首を傾げると、向こうも痺れを切らしたのだろう。やや大きめの声が聞こえた。
「ネロ、忘れ物だよ」
……忘れ物? ネロには忘れ物をした心当たりがない。だがだからと言って待たせる訳にもいかない。本をテーブルに置いてネロは扉を開けた。
そこに立っていたのはジースである。その手にはプリントの束があった。どうやらこれが忘れ物らしい。




