呼んだ理由は
「校長先生に会って話を聞くのは初めてですね。何を話すのでしょうか」
「……分からん。でもあまり良い話ではないだろ」
「と言いますと?」
「ヴァンは怒られていないが、俺は報告の時に学校にすぐ来ずに寄り道したことを怒られたんだよ。ともするとこれはその続きだ」
ええ……、と小さな声が漏れ聞こえた。ネロだってわざわざ怒られに行くのは嫌である。だが行かないのはそれはそれで怒られるのだ。ネロは意を決して扉をノックした。
ここ帝都第二魔法学校で一番上等な部屋。それが校長室である。ネロたちは魔導士ギルドの応接間に行ったことがあるが、ともするとそれ以上かもしれない。
「ようこそ、校長室へ」
校長先生がにこやかに出迎える。マイク・ジークムント。ここ帝都第二魔法学校の校長であり、帝都にいる数少ない特級魔導士である。今年で70歳を迎えるが、まだまだ現役の魔導士であるらしい。全盛期は常に今この瞬間と噂される豪傑である。
「さ、遠慮せず座りなさい」
校長先生はずっと目を細めて笑ったままだ。まるでこれからとても楽しいことが待っているかのような表情である。ネロは怒られるつもりで来ているから不気味だ。ふかふかのソファは最大限に伸ばした背筋を包み込むほど柔らかかった。
「……ええと、話とはいったい?」
「いや、特にないよ?」
「……へ?」
「私が君たちの話を聞いてみたいと思ったからここへ呼んだ。……もしかして迷惑だったかな?」
予想だにしない返答にネロはリアクションに困った。てっきり怒られると思っていたから余計に拍子抜けである。思い返してみれば確かにお説教だとは言われなかった。会いたいそうだとしかリチャード先生は言っていない。
「……別に、迷惑では」
「なら良かった」
校長先生は上機嫌で微笑みを浮かべている。お説教ではないと確信した今、校長先生との話に構える必要はない。だがだからこそネロは戸惑っていた。
校長先生ともなると色々な人と話す機会があるだろう。なぜネロとヴァンを指名して会いたいと思ったのか。それが分からなかったのだ。
「君は確か転入して来た子だったよね?」
「……ええ、そうです」
「一年生の君たちは何とも思わないと思うのかもしれないけれど、魔導士の昇級というのはかなり難易度が高い。魔導士になったばかりの一年生がしかもたった数日でもう四級魔導士になっているのは中々ない異例のこと。だからどんな人なのか気になってね」
戸惑う頭でなんとかネロは校長の言いたいことを理解した。どうやら校長は本当に単純に自分の興味で、最近四級魔導士に昇級したネロたちと話をしたかっだだけのようだ。
しかし四級魔導士に昇級したのはネロとヴァンだけではない。ジースもいるはずである。
「君たちは事情があって遅刻していたんだろう? ジースくんにはお昼休みに話を聞いていてね。君たちにはまだ聞けてない。だからこのタイミングで校長室に呼んだ。これで疑問は解決したかい?」
なるほど、そういう理由があったらしい。ネロとヴァンは病院にいるためそれまでどのような会話が行われていたかを全く知らない。そういうことなら納得できる。ようやくネロは戸惑いと警戒を完全に消化できた。
「……先にジースくんから話を聞いたが、君たちはここ数日かなりの活躍をしているとか。そういう話が私は大好きでね。君たちの話は本当に楽しみだよ」
そう言ってニコニコと微笑む校長先生にネロとヴァンは前回の活動日から今日に至るまでの話をなるべく丁寧に抜けのないように話した。聞き上手なのか相槌がちょうどいいタイミングでされ、どんどん話が進む。全ての話が終わる時には校長室に入ってから1時間近くが経過していた。
「ふむふむ、興味深い話ばかり。実に楽しい時間だ」
校長先生は満足そうにニコニコと笑っている。長い話になって疲れているかと思いきや、初めて会った時よりも元気になっている気がする。むしろネロたちの方が疲れたくらいだ。横を向くとヴァンは額に汗をかいていた。
『……ヴァン、どうした?』
『精神体を分離させ維持するのは中々しんどいものでして』
おっと、すっかり忘れていたが今寮ではクロが寝ているんだった。放課後になったらすぐに帰ればいいのに、1時間弱も喋り込んでしまった。そうとなればさっさと帰らないと。
「さて、せっかく楽しい時間を過ごさせてくれたんだ。何かお礼をあげないとね」
……礼? 何かくれるのか?
校長先生がネロたちに手渡したのは一冊の本である。やや痛みが見られる古い厚みのある本だ。表紙には『聖獣伝説』と書かれていた。




