寄り道厳禁
……マジか。中に入りたくねぇ……。
ネロは扉の前で大きなため息をついた。扉には校長室と書かれている。ネロとヴァンは今からここへ入らねばならない。それが担任であるリチャード先生の言いつけだ。
時は3時間ほど前に遡る。幻獣研究所がまだ動きを見せていることに気が付いたネロとヴァンは自分たちだけで判断せずに、報告しなければならないと結論づけた。報告するのは魔法学校と魔導士ギルドである。
今この場にはネロとヴァンしかいない。ネロは学校へ、ヴァンはギルドへ。クロを見守る役も必要だからとヴァンは精神体のごくわずかを分離させた。
……精神体を分離させられるのなら3つに分離してはどうかと言うとヴァンは怒り出した。曰く分離させるのに体力を多く使ってしまうらしい。無神経だったと謝るとすぐに許してくれた。
こうして分担が決まったのでネロは学校へと向かったのである。職員室でリチャード先生を呼ぶ。午後の授業の開始数分前だったから忙しそうだったが、すぐに話を聞いてくれたのである。
「……それでその出店には行かない方が良いと」
「あぁ」
「……お前の魔物は確かバッドバットだったな? 今何をしてる?」
「寮の部屋で寝てる」
「そうかそうか、何事もなかったんだな。それは良かった」
リチャード先生はにこりと笑ってネロの肩を持った。その手にはやけに力がこもっている。眉をひそめているとリチャード先生は耳元に口を近づけ囁いた。
「……本来なら遅刻扱いなのだから終わり次第、病院からすぐに学校へ来るべきだった。悠長に昼飯を食って食後のデザートを吟味している場合ではない。……分かるか?」
怒りのこもったその囁きにネロは思わず背筋を伸ばした。横目で見えるリチャード先生の顔は全くの無表情。どうやらこれは本来いけないことのようだ。……次からはこっそりすることにしよう。
「察するにヴァンは後で来るんだな?」
「……ヴァンは魔導士ギルドに報告してから」
「ほう? まあ不要な行動ではないか。ひとまず俺からは不問ということにしよう」
リチャード先生は無表情のまま口角だけを上げた。正直言って今まで遭遇したどの魔物よりも恐ろしい。ネロは早く教室に行きたかった。
「今日はこれから授業を受けるんだろう?」
「……はい」
「クラスの皆に5分遅れると伝えてくれ。俺はその間にさっきの報告を全体で共有しておく」
表情は少し柔らかくなった。どうやら解放されるらしい。ネロはほっと安堵し早く教室へ行くために職員室の扉ににじり寄った。リチャード先生はにこりと笑ってからまた無表情へ戻った。
「今日の授業が全て終わったら、ヴァンと2人で校長室へ行きなさい」
「……え?」
「校長がネロとヴァンに会いたいんだそうだ。分かったら早く教室へ戻れ」
……どうやら第二ラウンドがあるようだ。ネロはため息をつきながらとぼとぼと教室へ向かう。頭の上では始業を知らせるチャイムが鳴っていた。
ネロが教室の扉を開けるとざわつきが起こった。ネロが来たことがそんなに変だろうかと首を傾げそうになって、気が付いた。そうだ、さっきチャイムが鳴ったんだった。
「先生はちょっと遅れるらしい」
「それ本当? 何分くらい?」
「……5分くらい」
「つまり今だ。授業を始めるから全員席へ戻れ」
いつの間にか背後にリチャード先生が立っていた。とぼとぼ歩いている間に5分なんてとっくに経っていたようだ。ネロは慌てて自分の席へ走った。
「さて、授業を始める前に皆に連絡事項がある。知っているものもいるかもしれないが、最近寮の近くで甘いお菓子を売る出店が出ているらしい。ただの出店ならいいが、どうも危ないものを売っているとの情報が入った」
教室がざわつく。あちらこちらで「クレープだよな」や、「スムージーあったよね?」だとか「わたがし屋があった」だとか色々な声が聞こえる。ネロが知らないだけで出店は他にもたくさん出ているようだ。
「静かに。中にはただ美味いものを売ってる出店もあるだろうが、危ない店と区別がつきにくい。よって当校ではすべての出店の利用を禁じるという通達を出すことに決めた。期間は今日の放課後から、終了は未定。連絡は以上、今言った内容に質問がある奴はいるか?」
リチャード先生は真顔のままゆっくりと周囲を見渡す。突然の通達に戸惑っている人こそいても、理解できていない人はひとりもいなかった。それを見てリチャード先生はにこりと笑った。
「よし、それでは授業を始めよう」
午後の授業が終わり放課後になった。クラスメイトたちの話題は午後の授業開始前のあの連絡事項でもちきりである。ネロとしては知らない出店のスムージー屋やわたがし屋のことが気になって仕方ない。
しかし残念ながらネロには行くべき場所がある。授業終了20分前にようやく教室へやって来たヴァンを連れてネロは校長室の前に来ていた。




