救済の証明⑤
私の世界。私の星があったはずの場所。まだ私の星があるはずの時間。そこには無が広がっているばかりである。
元々そんなものはどれだけ過去に遡っても存在しない。昨日までは残酷な真実を突き付ける光景だった。またここに来るなんて、それもエックスも一緒にだなんて思ってもみなかった。
「よしっ。じゃあ一緒に虚数空間に入るよ。そのまま過去に行く」
「虚数空間に入るって言うけどさ、それって一体どうすればいいわけ?」
「それはそういうイメージで魔法を使えばいいんだよ。簡単でしょ?」
簡単に言うけどさ。私は首を傾げて、そもそもの疑問をエックスに投げかける。
「虚数空間ってなに?」
「……。んー。分かった。じゃあボクがリインを連れていくことにしよう」
「あっ!あっ!お、お前!今私の事バカだと思ったでしょ!?」
「思ってない思ってない。もうそういう喧嘩はいいからさ。行こうよ早く」
問答無用でエックスは私の右の手首を掴んで、「さあ、行くぞ!」と魔法を発動させた。
痺れるような痛みが走る。大した痛みではないけれど、少し不快だった。ぼうぼうに生い茂る雑草の中を半袖で走っているみたいである。
「リイン。これからすることは分かっているね」
痛みを我慢しているところにエックスが尋ねてきた。
「分かってるよ。この先では過去改変は起こらない。何をやったって他の誰かに迷惑をかけることはない。復讐を遂げようが、私の星を守ろうが、何をしても、誰にも文句を言われることはないってことでしょ」
「うん。そんな感じ。……あっ。でも。ちょっと待ってね」
言うとエックスは立ち止まって、何かの魔法を使った。と、思っていたら突然に閉塞感が私を支配した。
「な、なにしたのっ!」
気持ちが悪い。視界は少しも狭まったりはしていないのに、とにかく狭いところに押し込まれた矛盾を抱えた感覚が私を襲う。頭を押さえてみると違和感があった。普段の頭の形ではない。
「これなに?」
「仮面」
「なんでそんなもの着けるのよ!」
「だってこの先にはまだ魔女になる前のキミがいるんだよ。同一人物が鉢合わせたらおかしなことになるでしょ」
「アンタだって二人になるじゃん!」
「ボクはいいんだよ。この先にいるエックス‘はボクとは無関係の赤の他人だから。ちょっと共通点がいっぱいあるだけだよ。ほら。世の中には同じ顔の人間が3人はいるっていうだろ?そういうことだ」
「じゃあ、私もいいと思うんだけど!」
言いながら仮面を外そうとして。外れないことに気付く。
「あれ?ちょっと。これ取れないよ?ねえ?」
「まあ。終わるまでは着けていた方がいいよ」
「なんで……」
「いいから。いいから」
そもそも過去改変は無かったことになるという話でなかったのか。それなら別に私が同じ場所に二人存在していたとしても何も問題はないのではないか。色々な疑問が私の中で浮かぶ。
(……けど。多分聞いても分かんないんだろうな……)
だから私は聞くのをやめた。これでいいんだ。うん。どうせ外れない仮面なわけだし。
「ああそうだ。名前も仮名がいいね。リイちゃんでいい?」
「それはいや!」
「じゃあリイちゃんで」
「話聞け!」
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「……ねえ」
「ん?」
「この大きさのまま待つの?」
「そうだよ」
「うう……」
下からの視線が気になる。
私たちはエックス‘襲来よりも少しだけ早い時間に目的地に到着していた。すぐに戦えるようにと、来たことのあるような気がするスーパーの駐車場で、魔女の大きさで待機させられていた。100年ぶりの故郷だというのに、感傷に浸る暇もない。
「はあ……。……ねえ。パトカー来てるよ」
「ん?あっ。ほんとだ。こっちの駐車場に入ったね。なんだろ。買い物かな」
「そんなわけないでしょ。ほら。警察の人来てるって!」
「まあそうだよねえ。リイちゃんは空を見てて。ボクが対応するから」
言うとエックスはその場にしゃがみこんだ。突然巨人に覗き込まれた形になる警官は慄いている。そんな彼らに「まあまあ。迷惑はかけないから」とエックスは謎の交渉をしていた。流石にヒトの対応に慣れているらしい。私はエックスの姿に少しばかり関心した。
「……あっ!撃った!ボクのこと撃ったな!痛くも痒くもないけど、それはちょっとないんじゃない!?ほーら、捕まえた!ふっふっふっ。さっきはよくもやってくれたなあ?」
……さっきまでの思考は撤回だ。巨人の姿を恐れたヒトが銃を撃ってくるくらいで怒ったり摘まみ上げたりして。大人げない。
──思考の撤回。もう一つ撤回しておきたい思考があることに私は気付く。やはり100年ぶりの故郷は懐かしくて、切ない。
あっちの私が住んでいた家がある。その先には私が通っていた学校があって、きっとあそこでまだ人間である私が、「なんかやばいのいるよ」とか友達と話しているんだろうなと想像する。それだけでほんの少しだけ泣きそうで。というより少し泣いてしまって。仮面を着けていてよかったかもしれないと思うのであった。
今度こそ、守らないと。その想いを固めた時、空が突然に裂けた。
「わはははっ。どうだー。ごめんなさいと言えー。……って。もうこんな時間か。遊んでいる場合じゃないね」
エックスが摘まみ上げていた警官たちを降ろして、立ち上がった。遊んでいたのかよと呆れつつ、こんな状況でも余裕の表情をしているエックスが隣にいるおかげで、精神的に助けられていることにも気付いている。
「じゃあ。行ってらっしゃいリイちゃん。この星はボクが守っておくからさ。思う存分戦ってくると良い。ああでもなるべく一撃で決めるように。相手は仮にもボクのそっくりさんだ。取り逃すと何をしてくるか分からないからね」
「分かっているわよ」
地面を蹴って、一気に上空へと飛んでいく。1000m。3000m。8000m。速度は急激に上昇していく。あらゆる建物の高さはとうに超えた。山脈さえ私の下にある。飛行機の高ささえも超えたところで、星が黒い防壁で覆われる。エックスの魔法だ。地上からは突然星中が夜になったように思えただろう。
これで私とエックス‘の戦いの余波から星を守ることが出来る。衝撃も光景も音さえも、地上には届かない。空の光景を見ることが出来るのはエックスだけらしい。
この時を待っていた。私は自身にかけていた縮小魔法を解いて、一気に巨大化する。街さえ片手で叩き潰せる大きさ。歩くだけで大災害を引き起こすほどのスケール。あの魔女と戦えるだけの、巨体に変わる。
防壁の上に立つ私は、その強固さに安堵していた。確かにこれなら思う存分戦える。
それからすぐに、空の裂け目からあの魔女が現れた。私の、敵。
「初めまして!微生物の……。って。あれ?なんだよキミ。なんでそんな大きいの。うわっ。しかもなにこのバリア」
現れた魔女は、無邪気に跳躍して、防壁を破壊しようとしている。けれどエックスの守りはびくともしない。
「かったいなあ……。これじゃあ踏み潰せない。つまんないなあ。……もしかしてこのバリア、キミが作ったの?」
魔女は品のない笑みを浮かべて私に尋ねた。だから私は「そうだって言ったら?」と聞いてみる。
「決まっている。キミをずたずたにすればこのバリアも消えるだろう?そうして、キミが必死に守っているこの星を玩具にしてあげるよ。アハハハハ!」
「そう」
「ふふっ。バリアは強いし身体も大きいけど。でもそれだけだ。キミから大した力は感じない。ボクの敵じゃあないね」
「そう」
『いいニュースと悪いニュースがある』というフレーズを私は思い出していた。
今回の場合、いいニュースは、この魔女はエックス同様に私の力の気配を探知できないでいることだ。私の復讐の力はこの魔女にも働いている。きっと『黒炎』も効果てきめんであろう。
悪いニュースは、この魔女とはエックスとは似ても似つかない名前が同じだけの別人であるということを、対面するまで気付けなかった自分自身の鈍感さを突きつけられたことであった。




