救済の証明⑥
絶叫。号泣。恫喝。命乞い。
魔女はあらゆる醜態を晒して、最後に「殺してくれ」と頼んできた。
頼みを聞いてやるのは癪だけれど、これ以上この魔女の姿を見ていたくなくて、その頭蓋に『黒炎』の弾丸を撃ちこむ。
「あ……」と呟いてこと切れた魔女の死骸は、『黒炎』の弾丸が発生させた黒い炎によって、一片残らずに灰となり、宇宙空間に撒かれた。
終わった。終わったけれど、心は少し曇っていた。すっきりしてはいるけれど、快晴ではないことは確かだ。
よく言われる復讐の虚しさだろうか。或いはこの行為に意味がないことに今さら打ちのめされているのか。
「……さて。これ以上ここにいても仕方ないし」
飛行の魔法を使って、私はそっと飛び立つ。同時に防壁の魔法が解除された。星の地上からは、エックスが私の大きさに追いつくように巨大化しながら飛んできている。
「……ありがとうエックス。おかげで、復讐を果たせたわ」
「うん。ボクもスっとした!ボクの顔して悪さする魔女なんかみんな燃えちゃえばいい」
単純な感性だなと私は笑う。
「じゃあ。もう帰りましょう」
「帰る?」
「きっとこの星も、現実世界に出てくるまでは平和に……。何故そこで疑問符?」
「あー……やっぱりちゃんと話聞いてなかったな?本題はここからだよ?」
「本題?」
「復讐は二の次、だろ?一番はキミの星を救うことだ」
エックスは当然のことのように言った。確かに私はそのように言ったけれど。
「でもそれは無理なんでしょ?過去の改変はなかったことになるって……」
「そうだ。だからいいんだ。虚数空間上から何かを持ち出しても、それを理由に現実世界で咎められることはないからね。ボクもほら。このキーホルダーを持ち出したけど、世界には何の異変もなかった」
エックスが見せてくれたのは肉まんの頭をしたヒーロー、『肉まんマン』のキーホルダーだ。私も一時期どうしてもこれが欲しくて、毎日コンビニで肉まんを食べていたのを思い出す。
『いいなあ』と『なんでコイツが持ってるんだ』と二つの想いを抱えつつも、私がエックスに尋ねたのはそれとは別の事だった。
「それが何だっていうのよ。この世界から何を持ち出すって」
「決まってるだろ。あれと」
エックスは最初に太陽を指さして。
「あれだ」
次に、私の星を指さした。
言っている意味が最初理解できなかった。理解できても納得ができなかった。
「いや。ダメでしょ。そんなことしちゃ」
「そうかな。むしろ残しておく方が矛盾だと思うよ?本来なら今のタイミングで、この世界からあの星と太陽は失われるんだから。必要はないけど結果的に辻褄を合わせることになるね」
「持ち出してどうするのよ」
「ボクたちの元いた時間軸の、本来あるべき場所に戻す。ちょうどぽっかり無の空間が広がっているからね。収まりがいい。星の軌道とかの問題はあるけど……そこは魔法でインチキしよう。ボクたちなら出来るさ」
「でも」
「リイちゃん」
まだエックスは、あの偽名を使っている。
エックスは初めからこの星を現実世界に連れていくつもりだったのだ。だから私に仮面を被せた。だから私の本名は呼ばなかった。あの星には人間として生きていく私の人生がある。それも守るために。
ここは宇宙空間で、魔女である私たちしか会話は出来ないし、星にまで私たちの声は届かないはずだ。変なところで律儀な魔女は、更に続ける。
「リイちゃんはどうしたい?」
「……そんなの、決まってるじゃない」
「そっか。じゃあ、それをやろうよ。それくらいのワガママは許されてもいいんじゃない?というか、ボクが許す」
何の権限もないくせに、エックスは笑って言った。
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「一つだけ、確認だ」
エックスと共に現実世界へ帰る道中に彼女は言った。
私は私の星を持っていた。魔法で守っているから、現実へ戻る際に受ける衝撃は届かない。太陽を持っているのはエックス。赤々と燃える炎の星を、なんとかボールみたいに平気な顔してその手に収めていた。熱くないのかなと私は少し疑問に思う。
「確認って?」
「キミはそこには帰れないってこと」
「……うん。それは、分かってるよ」
ここには人間として生きて死んでいくリインがいる。魔女になったリインは一緒にはいられない。虚数空間であればともかく、現実の世界に戻ればそれは絶対だ。
けれど悲しくはない。強がりではなくて本当に。ここには生きていてほしかった人たちがいて、彼らはこれからもここで生きていてくれる。それだけで私には十分だった。
ただ。
「ねえ、エックス」
「うん?」
「この星を抱きしめても、いいかな?」
「ボクの許可なんかいらないよ。好きにしたらいい。魔法で守ってるんだから大丈夫」
「……うん。そうだよね」
ただ、ここに大切な人たちがいることだけを感じたかった。大切な人たちを救えたことを、この身と心に刻みたかった。
──ああ。やっぱり仮面をしていてよかった。この星の人たちに、泣いている姿を見せずに済んだから。
「あっ。そうだ。帰ったらどうするのか知らないけどさ。取り敢えず一回キミがお世話になったお婆ちゃんにお礼だけは言っておきなよ」
「……分かってるわよ」
言いやがったなあ公平のやつ。
気にしていたことを言うやつだな。気に入らない。言われなくても、帰ったらカマドお婆ちゃんの記憶は元に戻すつもりだったし、お礼だって言うつもりだよ。
本当に嫌なやつだ。そんなコイツには言っておかないといけないことがある。
「エックス」
「なに?」
「エックスにも。ありがとう。それから、ごめんなさい」
エックスは照れくさそうに微笑んで、「いいよ」とだけ答えた。
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「色々あったけど、暫くこっちの世界にいることにしたから。よろしく」
「えっ。本当。それは嬉しいけど、なぜ?」
「アンタのせいだっ!」
「ええ……」とエックスは困った顔をした。
エックスのせいと言うのは少し言い過ぎかもしれない。精々半分エックスのせいくらいだ。
きっかけはカマドお婆ちゃんの家に帰ってきた後のことである。
エックスに言われた通りに、消した記憶を元に戻して、居候させてもらったことにお礼をした。
するとだ。カマドお婆ちゃんは「もういくのかい?」と寂しそうな顔で聞いてきたのだ。
そうなると私も困ってしまう。
長い間一人暮らしをしてきたカマドお婆ちゃんだ。転がり込んできた私の存在が、生きる張り合いになっていた、らしい。
ふと想像をする。『うん。行く。また遊びに来るから。じゃあね』と言ってカマドお婆ちゃんの家を出て行った後のこと。古ぼけた小さな家で一人で暮らすカマドお婆ちゃんの後姿。
うう……。心がぞわぞわしちゃうぅ……。
……そういうわけだ。お婆ちゃんに寂しい想いをさせたくなかったのだ。だから「まだ居ていいかな?」と聞いて、了承をもらったのである。
つまり半分はエックスのせいだ。エックスがカマドお婆ちゃんにお礼を言っておけと言ったせいだ。
「えーっと……。よく分かんないけど……。ボクのせい?ごめんね?」
「いいっ。むしろありがとうって言いたいくらいよっ」
「どういうこと?」
「こっちの話っ!取り敢えずありがとう!」
エックスは目をぱちくりさせる。私がお礼を言った理由がよく分かっていないみたい。まあ、いいや。細かいことを説明するのも気恥ずかしいし。これでいいよね。
「じゃあね。私ちょっと自分の星の様子を見に行くから」
「あー。そうだね。気になるよね。それならボクも……」
「私だけでいいよ!仮面を被って行けばいいんでしょ!」
あの日エックスが作ってくれた仮面を被る。「ちょっと」と言いかけたエックスを置いて、私は移動魔法で故郷の星の近くへ飛ぶ。
……どうして、私はエックスと素直に話せないのかな。そういう関係になる時はいつか来るのだろうか。
宇宙空間を飛ぶ。マフラーがはためく。仮面に覆われた視界の先に、青く光る星が見えた。
ああ……。ちゃんとそこに有った。人の命の気配も感じることが出来る。
ほっと胸を撫でおろして、私は故郷に背を向ける。
「百年くらいしたら帰るからさ。それまではこうして見守るだけで、許してね」
それくらいすればあちらにいる人間の私も天寿を全うするはず。そうなったら帰ってきてもいいでしょう?
それまでは、食わない恩人であるエックスがいるあの星が。カマドお婆ちゃんと一緒に住んでいるあの家が。私の居場所だ。
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終わりに
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かくして復讐は遂げられ、救済の定理は証明された。
めでたしめでたしのハッピーエンド。本当に、嬉しい。
これで、定理が証明されて、誰のものでもなくなったんだもの。
『虚数空間上にある世界に於いては、時間改変によるタイムパラドクスを無視できる』
証明された定理は最早、生きとし生けるもの全ての共有財産となった。
ということは、次は私が使ってもいいってことでしょう?
始めましょう。
遍く世界に救済を……。いいや、救世をもたらそう。




