救済の証明③
「う……」
目を開けると。
「あっ。起きた」
あの女の顔が視界に飛び込んできて。私は咄嗟に手を前に出して、『黒炎』と唱える。
しかし魔法は発動しなかった。白けた静寂が周囲を包み込む。
「な、ぜ……」
「キミの魔法はボクがもらった。もうキミは魔法を使うことは出来ないよ」
そんな魔法を私は知らない。エックスが同情するような、憐れむような目で私を見つめる。無意識に拳に力が入って、奥歯を噛みしめながらエックスを睨んだ。
「ボクは魔法を、ただそのものとして研究して、磨いてきた」
「私にとっての魔法は……お前を殺す手段でしかない……!」
「そうだね。だから、ボクはキミに勝てたんだろうね」
言いながらエックスはマフラーを外す。「えっ」と思わず声が漏れた。続けて手袋を脱ぎ捨てる。現れたエックスの素肌は銀色をしていた。
「これは最初にキミと戦った時、『黒炎』の弾丸を消した魔法と殆ど同じものだ。違いは纏うことが出来るってところと、刃の形をしたものよりはちょっとだけ弱いくらいだ。キミの『黒炎』であれば問題なく消せるけどね」
そういえばと私は思い出す。確かに公平はエックスの肩の銃創に向けて銀色の刃で攻撃していた。かと思ったらエックスは『黒炎』の痛みから解放されて戦いに戻ってきていた。
あれはそういうことだったのか。そしてそれと同じ性質を持つ魔法を纏っていれば、『黒炎』の弾丸を受けても平気だ。肉体に撃ち込まれるより先に弾丸の方が消えてしまうのだから。
痛みに悶えているフリをして、魔法で血糊を流せば、私の目からはエックスが『黒炎』の弾丸を受けたのかどうか分からなくなる。そしてマフラーも手袋も、その身に纏う対『黒炎』の防御膜を隠すためのものだった──。
「……いえ。だとしても変よ。魔法を打ち消す魔法だとしても、私の『黒炎』はお前の魔法だったら問答無用で消せるはずで……」
そこまで言いかけて、私は気付く。
「卑怯者……!」
「最初に言った通りだリイン。ボクはどんな手段を使ってもキミに勝つつもりで来た。そして宣言通りにキミに勝たせてもらった」
『黒炎』はエックスの魔法であれば何であろうとかき消すことができる。それはつまり、『黒炎』によってかき消されなかったエックスが纏う銀色の膜の魔法は、エックスの魔法ではないということだ。
同じような魔法を使えるかもしれない人間を、私は一人知っている。
「ボクが纏っているのは公平の魔法だ。ごめんね。最初からボクたちは2対1でキミと戦っていたんだ」
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ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。
同じ言葉が私の頭の中の99%を埋め尽くす。
けれど残りの1%は、「ああ、よかった」と安堵している。
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「こうしてキミの魔法をボクの中に入れてようやく分かったよ。確かにキミは、ボクに匹敵する魔女なんだね」
「それがどうしたっていうの……!」
「……だとしたら。キミには復讐の前の選択肢があったはずだ。過去に戻って、襲われた自分の星を救いに行ったんじゃないの?」
「……!」
私は反射的にエックスから目を逸らした。視線の先は砂浜で、私の人差し指のすぐ横を、蟻のように小さなカニが進んでいるのが目に入った。ようやく私は、どこかの島に連れてこられたのだと理解する。
「……当然でしょ。お前への復讐なんて二の次。まずは亡くしたものを取り戻すのが先!」
「でも、うまくいかなかった」
言葉に詰まった。エックスの言うとおりだったからだ。
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タイムスリップを行うことへの迷いは当然あった。タイムパラドックスだとか因果律の崩壊だとか不穏な言葉が次から次へと頭の中に浮かんだとも。
それでも私は時間旅行を敢行した。その結果どこの誰に影響が出ても構わないと思った。ワガママの一つくらい許されてもいいだけのことをされたじゃあないかと自分に言い聞かせた。
……けれど全て無駄だった。
100年の時を超えた先にあったのはただの虚無。星どころかそもそも世界がない。そんなわけがないと、更なる過去へと旅をした。
200年前……。
300年前……。
1000年前……。
どれだけ戻っても結果は変わらない。そこに在ったのは闇ばかり。2000年以上前の、何とかとかいう世界を創造した神様に選ばれたらしいヒトが生まれた年にまで遡っても、そのヒトはおろか星も宇宙も世界も影も形もないのだった。
この辺りで私は漸く気付いたのだと思う。取り戻したい過去。奪われた大切な人たち。そんなものは初めからどこにも無い、夢か幻か、或いは虚構の存在だったのである。
そしてそれは、復讐の対象すら虚構の存在である可能性を示していた。
(そうだよ。あのエックスは)
頭の中の声が、大きくなっていく。
私はそれをかき消すように。現実の世界で声を荒げた。
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「……そうよ!私は何も出来なかった!私には何にも、残ってない!たった一つ以外は!」
エックスの首筋に手を伸ばす。強く強く握り締める。ぼんやりと視界は滲んだけれど、エックスが涼しい表情をしているのは、分かってしまった。
……そうだ。私には何もない。私の過去は全部虚構だったからだ。
優しい両親との暖かい記憶。
親友と過ごした何気ない日々。
こっそりと男の子を好きになったかけがえのない時間。
その全てが偽りの記憶。その全てを奪われた怒りと憎悪さえ、ただの情報でしかない。
きっと『あのエックス』はどこにもいない。薄々気付いている。気付いている私が、あの声の正体だ。
「そうだよ。私の復讐相手なんて、初めからどこにもいなかったんだよ」
私の今日までは殆ど全部虚構だ。遠い過去は全て嘘。カマドお婆ちゃんとの日々も無かったことにした。確かなものはたった一つだけ。
「私はお前という魔女を殺したいほどに憎んでいる!そして、お前は今、私の目の前にいる!」
胸の内で燃える憎悪だけが、私を定義する全てだ。
私は復讐以外の生き方を選べない。
私という魔女にそれだけしか残されていないのだ。
例えそれが、虚ろな復讐であっても。
「……そうだよね。だから、キミはボクと戦うしかなかった」
「そうだ!お前を……お前を殺すんだ!」
「でも、ボクはキミと話がしたかったんだ」
「お前と話すことなんて何もないわ!」
「ボクにはある」
エックスの手が、彼女の首を絞める私の手を取って、簡単に引きはがす。
「あ……」
「ほら。キミがどういうつもりだったかは分からないけど、力は全然入っていなかった。キミは優しくて賢い魔女だったから、何もしていないって分かっているボクを本気で殺すなんて出来なかったんだろう?」
「ちがう。ちがうちがう……」
「違わないよ。キミが優しい魔女なのは知っている。この世界のヒトたちがボクたちの戦いに巻き込まれないようにもしてくれたじゃないか」
「それは」
私の返答より先に、エックスが私を抱きしめた。
「そういう優しい魔女だから。リイン。ボクはキミと、話をしたかったんだよ」
「話……」
カマドお婆ちゃんも言っていたなと思い出す。どうして誰も彼も私なんかと話をしたがるのだろう。
「悲しいけどキミはボクと戦うしかないだろう?話をするにはどうしても戦いになる。話をするには、絶対にキミを倒さなくちゃならない。死んだら話は出来ないからね。だから、ずるいとは思うけど、公平の力を借りたことは大目に見てほしいな」
「……話をしてどうなるっていうのよ。話したって何も変わらないのに!」
「リイン。よく聞いて」
「……?」
「ボクはキミの苦しみも悲しみも、怒りも憎悪も全部知りたい。でもそれは二の次……いいや、三の次かな。それより先にやることがあるからね」
「え……?」
「少し難しい話になるから、先に結論だけ言うよ。キミの過去は、ニセモノなんかじゃあない。ちゃんと存在していたんだよ」




