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リインの定理  作者: En
14/18

救済の定理②

 エックスは場所の指定をしてこなかった。それでも問題がないということを私もアイツも分かっている。

 強大な力を持つエックスの居所は、意識的な気配の探知を行うまでもなく、見つけることが可能であった。

 陸地から数キロメートル離れた海上の、更に上空。エックスがいるのはその地点だった。

 月光の真下で、目を閉じて待っていたエックスは、私が近づいてくる音に反応して目を開けた。そうして一言「来たね」と言って笑みを浮かべる。

 最初に戦った時の油断した雰囲気がない。これが本気のエックスという魔女。その力の気配を間近で受けて、少しばかりの戦慄を覚えた。

 怯んではダメだと自分に言い聞かせる。小さく息を吐いて、冷静になろうと努める。落ち着いてみれば色々と見えてくることもあるものだ。

 例えばエックスの衣服。

 前回の戦いの時も来ていたワインレッドの服にジーンズ。今回はそれに加えて手袋と……マフラーをしている。意味もなく服装を変えたとは思えない。何かの作戦だろうか。

 ……少しかまをかけてみるか。


「……何よ。そのマフラー。私のマネ?」

「あっ。気付いた?そうそう。キミのマフラーいいなーって思ってさ」


 エックスがにへらと笑っていった。心がざわめく。苛立つことを苛立つ表情で言うものだ。もう一度深呼吸して冷静さを取り戻す。


--------------〇--------------


 呼吸の最中に「そういえば」と私は思った。この場所の選定にも違和感がある。明らかに地上の人間に危害を加えないようにという配慮がある。

 エックスという魔女が人間を気遣うはずがないのに。

 分かっているよ。また「当たり前じゃん?」って言うんでしょ?


--------------〇--------------


「ええ。来てやったわ。今度こそ引導を渡してやる……!」

「……望むところさ。ボクが負けたらボクの命を差し出そう」


 深呼吸。冷静に。落ち着いて……!

……ああ。ダメだ。

 私の目の前にいるエックスが、私の復讐の相手ではないことを、私は察しているはずなのに。


「……だけどボクは負けないよ。どんな手段を使っても、勝つ」

「──それは」


 あの顔を見ていると。あの声を聞くと。心が。殺意が。怒りが恨みが憎しみが。滾る。


「こっちのセリフよぉっ!『黒炎』!」


 憎しみの黒い炎が私の手の中で燃えて、漆黒の拳銃へと姿を変える。エックスを倒すためだけに、私の全てを捧げて創り出した銃の魔法だ。

 その銃弾はエックスの魔法の尽くを打ち消し、エックスに着弾すると同時に、その肉体を蝕み続ける猛毒を流し込み、死を望むほどの苦痛を与えながら殺す。

 対エックス用にだけ特化した私の切り札。銃口はエックスを向いて、何度も何度も私はその引き金を引く。


「ほっ、と!」

「!?」


 エックスは銃弾に正面から挑むことはしなかった。とにかく回避を繰り返す。戦い方が初めて戦った時と異なっている。

 小さく舌打ちした。気がかりではあったのだ。最初に戦った時にエックスを殺せなかったことは、次の戦いに於ける致命傷になるのではないかと。

 気がかりは杞憂ではなかった。エックスは既に『黒炎』の能力を知っている。

 エックスが私の力の気配を追えないのと同じで、エックスは『黒炎』という魔法の力を探知することは出来ない。

 しかしエックスを攻撃しているのはどこまで行っても銃弾だ。銃弾であれば魔女の身体能力ならばその軌道を目視できる。銃弾の軌道を見てから回避することも可能だ。元々銃弾に矢を当ててきたようなやつなのだから当然と言えば当然のことである。

 回避を重ねながら、少しずつエックスが近づいてきている。接近戦になれば銃で戦うのは難しい。ほんの少しの焦りが私の頬に冷や汗を流す。


「ふっふっふっ!残念だね!一度見た魔法はボクには通じないよ!」

「……いいわ。そこまでは想定済みだもの!『黒炎』!」


 もう一つ『黒炎』を発動させて二丁拳銃で構える。

 ……弾幕の数を増やしたところできっとエックスは回避するだろう。分かっていながら私は両手で銃を乱射した。思った通りでエックスは躍るみたいに銃弾を避ける。とはいえ近づきにくくはなったようで、 元々遅かったこちらに迫るスピードが更に遅くなった。

 避けられることは想定してある。真の作戦は別にある。

 『黒炎』は魔法の銃。銃弾の放たれる速度は、多少だが調整可能だ。

先に撃った弾より後に撃った弾の方が遅く、二つの銃弾が全く同じ軌道を通ったとしたら。後に撃った弾は先に撃たれた弾に当たる。


(つまり。弾同士をぶつけて自由な軌道に跳弾させることも可能!)


 直線的な攻撃しかできない銃撃戦では、エックスが相手では限界がある。いずれ慣れてきて、対応までしてくることは容易に想像できた。

 だが構わない。そこまでは承知の上である。狙いはその慣れ。エックスが直線的な攻撃に慣れてきたところなのだから。


「……よしっ!行ける!もうこの銃弾の雨はボクには当たらない!」


 エックスの前進するスピードが上がった。『当たらない』というのはハッタリではないらしい。実際エックスは紙一重で、かすっただけで致命的となる銃弾を避け続けている。回避不可能のつもりで撃っているというのに、器用に抜け道を見つけるものだと、私は少し感心する。

 ただ感心したからと言って加減はしない。


「いくぞぉ!」


 あと少しでエックスが私の銃の間合いを抜ける。そうなればそこから先はエックスの領域。接近戦だ。

 この瞬間に、私は二発の弾丸を放った。

 いずれもエックスを当てるつもりの弾丸。果たしてエックスはそれらを回避する。そう来なくてはと私はほくそ笑んだ。二発目の弾丸が一発目の弾丸を掠める。跳弾が起こった。一発目の弾丸がかくんと軌道を変える。標的の額に向かって、走る。


「!?やばっ!」


 一瞬遅れてエックスが私の狙いに気付いた。もはや回避が間に合わないことを察知したエックスは、右腕をあげて額を守る。急所を避けた形。だが私の銃弾は、どこに当たっても致命的だ。

 銃弾の当たった右腕を押さえて、エックスが悲鳴を上げた。涙を浮かべながら左手を手刀のようにして、魔力を纏わせて右肩から先を斬り落とそうとす。なるほど。確かに弾を受けた腕が無くなれば痛みも消えるだろう。だが結局のところ無駄だった。エックスは魔力コントロールの維持が出来ず、ただ軽く自分の肩を叩いただけとなる。


「ぐ、が……」

「流石ね。頭に当てるつもりだったのに」


 あの顔が、文字通り死ぬほどの痛みで悶えている。あの声が、絶望的な苦痛を叫んでいる。

 けれど私の心は晴れない。こんなものでは到底許すことはできないからか。或いはあのエックスを痛めつけることの意味を見出せないからか。

 どちらでも、もういい。


「終わりよ。これ以上お前の言葉は聞かない。このまま殺してやる……!」

「う、うう……」

「死ね!」


 引き金を引く。次の瞬間に私の銃弾はエックスの頭蓋を撃ち抜いて殺す。

 そのはずだった。


「ようやく隙を見せたね、リイン」

「えっ」


 苦悶の声ではない。至極冷静な声だ。エックスの緋色の瞳が私を見つめる。「まずい」と私の理解が追いつくより早く、エックスは弾丸を回避して、私の懐に入り込んだ。

 隙。エックスの言葉がリフレインする。確実に殺せると分かってはいた。だがだからと言って一発弾丸を撃つだけで攻撃を終えるべきではなかった──?


「く……!」

「『未知なる星の剣』!」


 エックスの背に天使のような翼が広がる。


「『完全開放』ォ!」


 月夜に輝く星空のような色の刃を持つ剣が、私の腹部に押し当てられて、膨大なエネルギーを炸裂させる。

 吹き飛ばされながら、エックスが剣を振り抜く姿が目に入った。月光に照らされる翼の魔女の姿は、憎らしいほどに美しく見えた。


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