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リインの定理  作者: En
13/18

救済の証明①

 おはよう、リイン。

 いってらっしゃい……ああちょっと!リインお弁当忘れてる!

 父さんこっちだから、学校頑張れよリイン。

 おはよ、リイン!今日1限から数学だよ?怠いねえ……。

 リイン……!リイン……!起きて……!あんた先生にあてられてるよ……!

 ねえねえ、リイン!あっちに■■君いる!

 リイン体育は得意だよね。……いや勉強がどうとか今は言ってないじゃん!

 リインのお母さん料理上手で羨ましいなー。うちなんてこれだよ?全部昨日の残り物。

 あははは!それで……。え……?ねえリイン?あれ、なんだろう。

 り、リイン!逃げて!

 ぷっ。ぷははははは!弱っちいね!ふうってしただけで町ごと吹き飛んじゃうんだ!

 ……ん?へえ。少しはマシなおチビちゃんがいるもんだ。え?止めろって?ぷっ。

 止めてほしいなら力づくで止めなよ。ああそうだ。そうしようか?キミは頑張ってボクがこの街を更地にするのを止める。そういうゲームだ。

 ほら。頑張らないと。みーんな潰れちゃうぞー?ほらほら頑張れ頑張れ。

 あっ。諦めちゃった?あーあっ。キミが諦めたせいでみんな死んじゃうんだね。かわいそーに。ぷぷっ。

 さあて。最後にもっと面白いものを見せてあげようか。ボクはまだまだ大きくなれるんだよ?

 あはははっ!もう太陽もリンゴみたい。……えいっ。うわっ。簡単に砕けちゃったね。

 この星ももういらないね。結構面白かったよ。ありがと。それじゃあばいばい?

 さあて……他の玩具でも探しに行こうかなー?

 ……。

 …………。

 ………………。

 す………………。

 あいつだけは絶対に、殺す……!


 ──リインのよく見る悪夢──


--------------〇--------------


「……へえ。決着をつけようってわけ」

「うん。エックスはそう言っていたよ。怖くないなら来いってさ」


 公平という名前の男の子が言った。私は「馬鹿にして」と呟く。前回の勝負は殆ど私の勝ちだった。今更エックスとの戦いを怖がる理由があるものか。


「……それにしても、キミも大変だね。あんな女のお使いにこんなところまで来てさ」


 私はかりそめの住まいとして選んだのは、エックスと初めて戦った地点から南方へ、ずうっと離れたところにある小さな島である。

 ヒトは住んでいるけれど非常に人口が少ない。その僅かな住民もお年寄りばかり。突然転がり込んできた私のこともあっさりと受け入れてもらえた。

 泊めてくれたカマドお婆ちゃんには感謝しているが、しかし少し失敗だったとも思っている。カマドお婆ちゃんは見ていて少し危なっかしいのだ。転びそうになったりするし忘れっぽかったりもしている。おかげで彼女の様子を見守る方に意識が向いてしまって、エックスのことが後回しになっていた。

 公平は「暑いなあ」と言いながらお茶を飲んだ。彼はエックスに私の現状を話しただろうか。離島に住むお婆ちゃんの自宅で居候していることをアイツは知っているのだろうか。

 エックスとの交戦の後に、公平が私に会いに来たことを思い出す。エックスを支援して私と対峙したこの人間の魔法使いは、カマドお婆ちゃんの家事のお手伝いをしている私を見つけて呆然としていた。

 まあ……無理もないよね。私はエックスに復讐するためにこの世界に来たんだもん。ぎょっとするのも当然の事だろう。

 拠点としてここを選んだのに大した理由はない。目に留まった島がここだっただけだ。カマドお婆ちゃんの家に寝泊まりしているのも成り行き。人間サイズで島を探索していたところに、家の鍵を失くしてしまったカマドお婆ちゃんと出くわして、一緒に鍵を探したのがきっかけ。その後は流れ居候させてもらっている。


「はいはい。お代わりどうぞ」


 独特のイントネーションで言いながら、カマドお婆ちゃんは空になった公平のコップにお茶を入れる。さらに「こんなのしかないけどね」なんてお菓子まで出した。「すみません」と公平ははにかんで、しかし遠慮はせずにお菓子に手を伸ばす。


「おっ。これ美味いな。こっちのお菓子かな」

「ああよかった。今お昼の用意してるからね。食べていくだろ?ん?」

「じゃあお言葉に甘えて……」

「うんうん」


 カマドお婆ちゃんはしわくちゃの顔でにこりと微笑んで台所へ向かう。ゆっくりとした歩み。転んだりしないだろうか。つい心配になってしまう。


「気になるのか?」


 公平が私に尋ねた。


「……まあね。カマドお婆ちゃん今年で85歳なのよ」

「へえ。そりゃあ大変だろうな、一人暮らしなんだろ」

「そ。だからついね。長居しちゃった。それに私の方が元気だけど年上だしね。年長者としてはね」

「そういえばエックスもそんなこと言ってたなあ」


 エックス。その名前に心が揺れる。元々はアイツに復讐する為にここまで来たのだ。……だけど。


「その時、アイツはどんな様子だったの?」

「え?フクザツそうだったよ。ボクの方が十倍は年上なのになあ、なんて言ってさ」

「ふうん……そうなんだ……」


--------------〇--------------


 私の知っているエックスと、公平が話しているエックスとはあまりにも印象が違っていた。

 それを不思議に思いつつも、同時に「そりゃそうでしょ」と言う私もいる。


--------------〇--------------


「やっぱり、そろそろ決着をつけないとね」

「ん?」


 公平はカマドお婆ちゃんの作った麺料理を美味しそうに食べているところだった。……というか一周周って大物なのではないかと思えるほどに図太い人間だ。


「キミさ。よくこの状況で呑気にソバ啜っていられるわね。一応私エックスの敵……つまりはキミの敵なんだけど?」

「エックスが大丈夫って言ってたし、俺も大丈夫だと思うから。別に……」

「……ああ、そう」

「なんだかわからんけど喧嘩はいかんよ、リイちゃん」

「……分かってるわよ」

「リイちゃんって呼ばれてんの?」

「うるさいな!」

「お前こっちの世界に馴染みすぎじゃないの?」

「うるさい!」


 カマドお婆ちゃんがニコニコしている。公平のことは「友だち」ということにしている。友だち同士で揶揄い合っているとでも思われているみたいだ。……調子が狂うなあ。

 仕方がないので、私は魔法で、公平の心に直接語りかけることにする。


『キミ。さっきの話だけど、夜。夜だったら行けるってアイツに言っておいて』

『……なんで夜?』


 そんなの決まってる。カマドお婆ちゃんは陽が沈むより早く寝てしまうからだ。

 夜になれば、カマドお婆ちゃんは熟睡している。気付かれることなく、外出できる。

 「こんな時間に何しに行くんだい?」なんて聞かれなくて済む。復讐に行くことを話さなくてよくなる。それだけだ。

 でもそんなことは公平には言えないので、「別にいいでしょ」と答えておく。


--------------〇--------------


 カマドお婆ちゃんが寝ている隙にこっそり出て行く……つもりだったんだけどなあ。

 普段なら5時過ぎには寝床に入ってしまうカマドお婆ちゃんが、今日は6時半まで起きている。エックスとの決闘の時間は7時。もうそんなに時間がない。

 出て行ってしまえば魔法の力で1分足らずでエックスのところにまで行ける。けれど出て行くことが出来ない。

 ……いや。出て行こうと思えば出ていけるんだけどさ。

 私はおずおずとカマドお婆ちゃんに「今日は遅いんだね」と尋ねてみた。

 カマドお婆ちゃんはくしゃりと笑って「リイちゃんと話したかったの」と答える。

 おかしなことを言うものだと、私は笑ってしまった。


「話すって。いつも話してるじゃん」

「でもねえ。今日はもっと話がしたいのよねえ」

「そりゃあいいけど。だからって夜更かしするほどのことじゃないよ。身体に悪いって」

「リイちゃん、ずっとこわい夢を見ているだろう?」

「えっ」

「時々ね。泣いて……目を覚ますだろう?ずっと気になって気になって。聞いておけるうちに聞いておきたくてねえ」

「あ、あはは。起こしちゃってた?ごめんごめん。迷惑だよね。大したことじゃないんだけど」

「迷惑なんてことないよ。そうじゃなくてさ」


 カマドお婆ちゃんのしわくちゃの手が私の手に触れる。


「怖いこととか嫌なことがあったら話してくれると嬉しいな」


 「あっ」と私は思った。私にはエックスを倒す以外何もないのに、心配してくれる人を作ってしまった。やっぱり長居をし過ぎたのだ。カマドお婆ちゃんが心配だなんて本当は嘘だと気付く。ここの暮らしが心地よかったせいだ。

 勿論話したっていい。秘密にしているわけではない。だから公平にも大雑把にだけど話した。彼がエックスの関係者であることも話をした理由の一つである。

 だけどカマドお婆ちゃんには話したくなかった。聞いてほしくなかった。

 カマドお婆ちゃんに話したところできっと細かいことは伝わらないだろう。けれど少なくとも、私が沢山のものを奪われて、その復讐の為にここまで来たことは理解するはずだ。

 きっとカマドお婆ちゃんは止める。そして止められた時点で私の心が揺らぐ。本当に、復讐を止めてしまうかもしれない。


(だって、あのエックスはさ……)


 考えそうになって、それを必死に頭の奥の奥にまで封じ込める。それを考えたらきっと私はダメになるから。

 だから私はカマドお婆ちゃんに精一杯の作り笑いをして見せた。


「大丈夫だよ、お婆ちゃん」

「でもね、リイちゃん」

「……ごめんね」


 人差し指をそっとカマドお婆ちゃんの額に当てる。「あっ」とお婆ちゃんは小さな声を上げて、私が見えていないみたいに静かに立ち上がって、転ばないようにとゆっくり寝室へ向かっていった。

 もうカマドお婆ちゃんに私と過ごした時間の記憶はない。私を認識することもない。

 これでいい。思い残すことなく、戦いに行ける。 

 ……けれど。カマドお婆ちゃんが私を認識できないうちに。私は彼女がちゃんと布団に入るまでは見守ることにした。85歳で転んだりしたら大変だものね。

 時刻はまだ6時50分。それくらいの時間は、まだある。

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