虚構の補題⑤
撮影会。
ボクが自宅でお茶を飲んでいる姿を撮りたいというわけではないだろう。それくらいボクにだって分かる。
ということでボクたちは場所を変えた。撮影は魔法で作った、現実の街を再現した空間で行われる。ボクはこの空間を『箱庭』と名付けている。
『箱庭』には壊してもいい建物が幾らでもある。蹴り飛ばしてもいいし殴り壊してもいいし比較的小さな家屋であれば踏み潰してもいい。どれだけ精工であっても、所詮は模造品だ。
幾らでも使い潰していい人形も沢山ある。人形たちは魔法の効果で、極めて簡単な思考を行い、自立的に動くことが出来る。といっても難しいことは考えられないようになっている。やろうと思えばクオリティを上げて人間と同等と言えるような人形を作ることも出来るのだけれど、それを作ると踏み潰す時に情が湧きそうなのでやっていない。
今『箱庭』で蠢いているのはヒトと同じ姿形をした、虫よりも多少マシな思考が出来る程度の作り物である。内部には赤色の液体が入っていて、踏み潰すとまるで血のようになる。なお、この液体はイチゴと同じ味をしていて、食べると甘酸っぱい。
SF研の三人を適当なビルの屋上に降ろす。彼らを見下ろす格好で、ボクはむんと胸を張ってみせた。少し気恥ずかしいけれど、それを誤魔化すかのように精一杯のドヤ顔をしてみる。公平が一緒に来てくれていたらもう少し心強買ったのだけれど、公平に撮影会を見られるのは照れくさいから、今回は留守番してもらった。
「さっ。何から始めようか?そこに建ってるビルでも蹴り倒してみる?それとも逃げる人形たちを追い立てて踏み潰してみようか?なんだっていいよ!……ただしシチュエーションは一人一個まで!ヌードもなし!」
「おーっ!」
三人がぱちぱち拍手をしてくる。……こんなにも求められたことってなかったかもしれない。ちょっと嬉しくてちょっと照れくさい。アイドルとはこういう気持ちなのだろうか。
「はいはい!」
「はい、田母神サン」
「しゃあっ!じゃあまず水着になってもらって……」
「うっ。水着……」
欲望のギアの入れ方が想定の5倍くらい急だ。これエンストしない?大丈夫?
とはいえ、巨大な女の子の写真や動画を撮影できる機会は滅多にないので、これくらいがっついてくる気持ちも理解はしてもいい。そもそもそういう約束だったからね。ボクは魔法で着ているモノを変える。お気に入りの服装から白いビキニ姿へ変身だ。
「えーっと。そうしたら……」
「待った、田母神!」
「?」
朱音クンがスマホの画面をこっそりと田母神サンたちに見せている。内容が気になるけれど、画面が見える位置ではないせいで、よく分からない。魔法を使って無理やり覗き見する手段もあるけれどそこまでするほどのことではないように思えた。
打合せが終わった。峰崎クンは朱音クンの背中をバンバン叩いて「お前は天才だ!」と称賛している。
……一体何をやらされるのかしら。ボクは少し不安になった。「なんでもやるよ!」とは言っていないよね?契約書的なものも作っていないから、逃げようと思えば逃げられるよね?どうしてもムリなことを要求されたらビルの屋上を思い切り殴りつけて三人を気絶させて無かったことにしよう。ボクはこっそりと心の中で決心した。
「じゃあまずは僕から!」
「えっ。朱音クン?田母神サンはいいの?」
「はい。まずは彼に譲ります。私はその次で結構」
なんじゃそら。ボクは首を捻った。
朱音クンのオーダーは以下の通り。服装は今のままでOK。彼はハートフルな展開が好きということだったので、人形と楽し気に戯れているところを撮影させてほしいということだった。例えば人形を手に乗せてやって微笑みかけたり。例えば人形を肩に乗せて頭を撫でてやったり。ちょっと過激なところで言うと胸の上に乗せてやったりとか。
この程度なら全然平気だ。
「あんまりないんですよ。こういうほのぼの的なヤツ。海外のもね。基本破壊系統が多くてね。まあそっちの方が需要多いのは分かるんですけどね」
「はあ」
巨大な女の子の愛好家という、そもそもとしてニッチな界隈の中にも更に細分化された派閥があるらしい。大雑把にダークとライトで分けると9割くらいの需要が前者に集中しているそうだ。
「調べたんだ?」と聞くと「いやこれは僕の体感です」と朱音クンは答えた。他の二人は否定をしなかったので、統計を取ったわけではないにせよ概ね間違いではないのだろう。
……9対1?そんなに偏る?単にその体感を獲得した場所が間違っているだけじゃないのか?疑問は残ったが敢えて言語化はしなかった。
とにかく。これは彼らに対する報酬である。多少は楽しませてあげないと申し訳がない。そういうわけで少し意識して表情を作って演技してみた。人形を胸に乗せるのだって、これが公平だと思えば普段からやっていることである。
「……はいっ!ありがとうございます!僕の方はこれでOKです!」
「ああ、そう?それじゃあ次を……」
胸にいる人形にも少し愛着が湧いた。この子だけは踏み潰さないようにしようと思って、そっと摘まみ上げて逃がそうとすると「待った!そのままで!」と田母神が制する。
「え?何?」
「次は私の番です!そのまま胸の谷間でその人形を挟み潰してください!」
「……ほう?」
ちらっと視線を落とす。公平だと思い込んで胸に乗せて遊んでやった人形。少し愛着も湧いてしまった人形。それを胸で潰せと言う。
……朱音クン?これがキミのアイデアなの?趣味悪くないかい?
そちらに目を向けると朱音クンは既にカメラをしまっていた。「いやーよかったよかった。僕の分はこれで十分」なんて言っている。
「さあ早く!私は巨大娘が小人の生き死にを気まぐれに弄ぶ様を撮影したいんですよ!妖艶な笑みを浮かべながら!さあ!」
田母神サン盛り上がっているなあ……。まあまあ。まあまあまあまあ。それくらいならね。別にね。本当にヒトを殺すわけでもないし……。
ええと。妖艶な笑みね。……妖艶な笑みってどうやるの?……まあいいや、適当ににやにやして誤魔化せ。
「……ふっふっふー。潰しちゃうぞー……!」
適当な台詞と共に胸を寄せる。バイバイ公平(仮)。
胸の間で人形があっさりとはじけ飛ぶ。血のような赤くて、甘い液体がボクの胸を染める。
「それから肩の上の人形を叩き潰して!蚊でも殺すみたいにぺちんと!」
「はいはい」
あんまり蚊って気にした事ないんだ。蚊の針って魔女の身体に刺さらないからさ……。ぷんぷん飛んでいるのが鬱陶しいくらい?
取り合えず嫌悪感を演出した表情と共に肩の上の人形を叩いて潰す。不思議と嫌悪の表情の演技は上手に出来た気がする。なんでかな。本当に不思議だよね。
それから周囲のビルを蹴り飛ばして……。よく分からないままにボクを見上げていた人形をまとめて捕らえて一口で呑み込んで……。ようやく逃げ始めた人形たちを町を破壊しながら追い掛け回す……。
……エックス’を参考にしたおかげで上手に演技が出来たような気がする。お手本ってやっぱり大事だね。
同時に今このシーンをリインに見られたら勘違いが一層加速するなとも思った。やっぱりそういう魔女だったんじゃないか!って。
「ふうっ」
一通り蹂躙と破壊を終えた後、もう一度SF研の元に戻る。「次は俺だ」と峰崎クンがメガネの位置を直した。
……冷静沈着に見える峰崎クンだが、実は変態しかいないSF研の中でも特に要注意人物である。特殊性癖の中でも更に特殊な性癖を抱えてしまっており、恐らくはもう真人間に戻ることは不可能であると思われる。
「……言っておくけどNGを出したらそこで終了にするからね!」
「わ、分かってるわね峰崎!あんた私たちの中でも特に変態なんだから!」
「欲望を抑えろよ!ギリギリを攻めようとするなよ!お前のギリギリは間違いなくアウトだからな!」
「分かってるよ、任せておけって」
そして。峰崎クンが口を開いた。そこから出てきた要求は、凡そ文字にするのも憚られるような内容で。彼の隣にいる二人は「あちゃあ」と天を仰ぎ、当の峰崎クンは「えっ!嘘!ダメなの!?」と困惑していた。
ボクの回答は決まっている。
「NG!撮影終了!終了です!」
「何故だあ!?」
「何故って……」
言わないと分からんのかい。
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ともあれそれなりに満足したSF研の三人は帰って行った。公平はというと撮影会の間中、ずっと家にいるのに飽きたのかどこかに出かけた様子である。
「……さて、と」
ふとボクは、例の肉まんヒーローのキーホルダーを取り出した。あれからずっと上着の中に入っていたみたいである。
ボクたちが過去の虚数空間上で行うあらゆる努力が無意味であることは考察した。
世界Rは強い復讐心の果てに全能に至った魔女リインを生み出すためのもの。それは何があっても揺るがない。
虚数空間上での過去改変は辻褄合わせさえされることなくなかったことになり、世界Rはボクのよく知る形で現実に現れる。惑星rとその太陽がエックス’の手によって破壊され、エックス’に恨みを抱く魔女リインは全能の力を手に入れる。
そういうことになるのだ。
……ではこのキーホルダーは?
虚数空間上に於いて、過去の惑星rから現実世界へキーホルダーが持ち出された時、持ち出された時点でその事実がなかったことになる。
もう一度過去の惑星rに行き、同じコンビニで肉まんを買って、おまけのくじ引きをひくことでもう一度この肉まんヒーローのキーホルダーを入手することも可能というわけだ。
「つまりキーホルダーを無限に入手できる……?うわっ。ゲームのバグみたい」
こんなキモチワルイキーホルダーなんか別にいらないけれど……。
いや、問題はそこじゃない。虚数空間上から現実の世界に無限にモノを持ち込めることが問題なのだ。
例えば惑星rの銀行を襲って、金を大量に奪うとする。
そのまま現実に戻って換金をする。
その後再び過去の惑星rへ行く。
その時にはボクが銀行を襲った事実が無くなるので、もう一回銀行を襲って金を奪える。
これを無限に繰り返せば無限に金を入手出来て大儲け……と見せかけて実は金の価値が大暴落してしまってさあ大変という事態になるわけだ。
「これは……ちょっと問題だぞ?」
この過程で、ボクは虚数空間と現実を行き来するとき以外は魔法を使っていない。
技術が確立してしまえば、魔法なしで無限のリソースを得ることが出来るということだ。
さっきは金で例えたけれど、別に金でなくてもいい。銅でも鉄でも……。石油でもいいね。
資源の回収だけではなくて、その逆も可能だ。
温室効果ガス。埋め立てるしかなかったゴミ。全部虚数空間に捨てればいい。捨てた事実さえ無かったことになる。
すごく悪い言い方をすると、虚数空間という世界は無限に資源を回収できる採掘場であると同時に無限にゴミを捨てられるダストボックスというだ。
そういう可能性を示しているのが今ボクが摘まんでいる肉まんヒーローのキーホルダー。キモチワルイ見た目のくせに世界の根幹を大きく揺るがす重要アイテムじゃないか。
「お前とんでもないやつなんだねえ……。持ち込んじゃまずかったかなあ……」
突っついてみるとゆらゆらと揺れた。その姿は威風堂々としているようにも見える。「私を見直したかな?」と言っているみたいだ。
悔しいが認めるしかない。コイツはすごいやつだ。記念すべき虚数空間から持ち込まれた物品第一号。コイツの存在が公表されたら、そこを起点に人類の歴史が大きく変わる。
無限の資源。
無限に捨てられるゴミ箱。
食糧問題は解決するし、人手も幾らでも調達可能。同一人物を無限に連れてこられるのだから。
この現代に奴隷制度が復活してもおかしくない。
今の人類のスケールでは大きすぎる話ではあるが、地球が寿命を迎える前に虚数空間上から環境の近い星を持ってくれば移住先にも出来る。
「……あっ」
思い付き一つの閃きに変わった。
「……え?そんなことしていいの?」
良い悪いの話で言うならば多分ダメだ。だがそれは倫理の問題でしかない。
実行したら何か不都合があるのかという話なら、何もない。ボクの手の中にある肉まんヒーローのキーホルダーが証明である。
虚数空間上の過去から現実にモノを持ち込むことに、因果の矛盾は発生しない。
「……!」
閃きがやがて高揚に変わる。『エウレカ!』と叫んだアルキメデスの気持ちが分かってしまいそうだ。
ただ一つ問題があった。これはリインと一緒にやらないといけない事案である。だからリインと話し合わないといけないのだけれど、リインはボクと話をしてくれないだろう。
「どうしたらいいと思う?」とキーホルダーに聞いてみる。キーホルダーは当然無言で揺れるばかりであった。結局自分で考えるしかない。
リインと対面すれば、ボクたちは戦うしかない。……逆に言えば戦いの場でならば、ボクはリインに会うことが出来る。
リインは問答無用でボクを仕留めに来るはず。殺されたら話もできやしない。ボクは殺されるわけにはいかない。
つまるところ選択肢は一つだけだ。
まずリインに会うためにリインと戦う。そしてリインを倒す。話をするのはそれからだ。
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決着をつける。幕を下ろす。結びの言葉を記す。
色々な言い方があるけれど、少なくともその仕事をするべきなのはボクではない。
結末を決めるべき者は他にいる。ここから先は彼女に譲る。
決着をつけるのはキミだ、リイン。




