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47話:ロジェ評

 公爵夫人のお茶会で、私は予想外の話の流れに硬直していた。


「国外に嫁すなどもっての外。イレーヌの才能を他所へやるなど国の損失に他なりません」

「好き合っているならいいじゃない。才能があるからこそ、外に出してこそのやりようがあるでしょ」

「あの、アンナさま、エルミーヌさま? そろそろ本題に入りませんか?」


 ここは公爵家内の一室。

 挨拶を終えたアンナさまと、当たり前の顔でついて来たエルミーヌさまの三人で移動したのだけれど。

 腰を落ち着けてもまだ私とロジェの話を引き摺っている。


 というかアンナさままで本気にしないでください。


「あなたは一時の享楽で若い娘が苦労をするのを良しとするとでも?」

「あら、苦楽は表裏一体。それくらいイレーヌはわかる子でしょう。そんなイレーヌが選ぶのならありだと言っているのよ」

「ずいぶん買っているようね。それは黒太子の武勇を鑑みてのことかしら?」

「それもあるけれど、今日この目で見て態度ほど浮薄ではないと思ったからよ」

「あなたがそう言うのなら人物としては及第点でしょうけれど。やはりお国が問題です」

「ま、そこはそうよね。北からの外圧が激しい上に、あの陛下がそれさえ嘲弄するような謁見をしてしまったのだもの。あちらの国からすれば公爵令嬢なんて陛下の回し者を警戒するわよねぇ」


 本当になんでそんな話になっているのですか?


 お二人は決闘までした上で仲がいい。

 そりが合わないからと言ってその才能を否定する必要はなく、友人になれないわけでもないのだ。


「そんなありもしない可能性を話す以上に、もっと大事なお話を」

「あら、イレーヌ。だったらあなたはどちらを聞きたい? 佞臣一直線な適当男しか寄ってこない陛下のこと? それとも恰好だけは派手だけど社交界では全く影響力のないシヴィルのこと?」


 今まで私を無視する勢いでアンナさまと話していたエルミーヌさまが、突然私に艶やかな笑みを向けてとんでもないことを聞いて来た。


 エルミーヌさまは社交界の花。

 彼女を呼ぶかどうかで夜会の質が変わると言われる存在であり、社交界を形作る貴族に関する情報には驚くほど通じている。


 私は生まれた家の格以上の影響力は持っていない小娘だ。

 本来ならこうしてエルミーヌさまから直接情報を得られるような繋ぎはない。

 だからアンナさまを伝手にエルミーヌさまと親しくなれたのは僥倖と言える。


 けれど…………それは…………どちらも聞きたくない…………。


「エルミーヌ、陛下周辺から、陛下のお心について何か聞こえてはいないの?」

「議会に出ても議事録なんて過去の発言で上げ足を取り、邪魔しかしない老害につき合っていられないとのたまったのは聞いたわねぇ」


 アンナさまに答えるエルミーヌさまはまた楽しげにとんでもないことを言う。

 アンナさまは公爵夫人であるのだから、もちろん議会に参加する夫である公爵がいる。

 つまり、自らの夫の悪口を聞かせたのだ。


 顔を強張らせたアンナさまに、エルミーヌさまはさらなる追い打ちをかける。


「近隣の方々からは冷ややかな反応よね。聖女さまはおらず、どんな立場でどんな功績があって陛下の隣に立つのかもわからない女をのさばらせているのですから。それを許している聖女関連の方も何をしているのかと聞こえているわねぇ」


 エルミーヌさまの言葉でアンナさまの目が座った。

 教会関連ではなく聖女関連と言うあたりお人が悪い。

 つまり今度はアンナさまへの批判を教えたのだ。


「わたくしが、好きにさせているとでも…………?」


 侯爵令嬢として生まれ、公爵夫人となったアンナさまは格式と伝統を重んじる。

 故にそれらを軽んじる行動を取る陛下に忸怩たる思いがあって、お父さまに協力姿勢を見せてくださっていた。


 そうして行動を取っているにもかかわらず、周囲からは身勝手な批判が上がる。

 そうして支えようとしても、夫である公爵さえ軽んじられていると聞いては王家への敬意で踏み出せなかった一歩も跨ぎ越す発奮材料となる。


「エ、エルミーヌさま? 何故そのように煽ることを…………」


 声を潜めて聞いた途端、楽しげな笑みのままエルミーヌさまの目が本気になる。


 肩を震わせるアンナさまと同じくらい、その目には怒りの色が露わだった。


「イレーヌは国内にいなかったものね。知らなくて当たり前よね。えぇ、わかっているわ。余計な諍いの種をあなたの耳に入れなかった周囲の賢明さが」


 私が公国へ行っている間に何が!?

 社交界の女主人にいったい何をしたというの!?


「あんの小娘。言うに事欠いて私の時代は終わりだ、新たな王妃が正しく社交界を取り仕切り、敬意を持って王家の者とその与党を仰ぎ見る正しい姿に戻すなんて馬鹿なことを吹いたのよ」

「シヴィルが、ですか? え、それをエルミーヌさまの前で?」

「ほほ、そこまでできればいっそ見どころもあったでしょうね」


 アンナさまが絹の手袋に覆われた手で口元を隠して笑う。

 けれど笑みの形になっている口を隠してしまうと、怒り心頭な目しか残らない。


 どうやらシヴィルの馬鹿な発言は知られたことのようだった。


「公式ではない、賭博目的の集まりではあったけれど、そこに他国の外交関係者がいるというのに。よくもまぁ、のたまったことよね、エルミーヌ?」


 あまりのことに息が止まる。

 公国のように切っても切れない地理の関係と歴史がある国なら少しくらい情けないところを見せてもまだ挽回の余地があるだろう。

 けれどアンナさまの言葉からして、その他国の外交関係者とは公国とは違う国。


 ましてやエルミーヌさまがここまで怒る国の関係者と言えば。


「まさか、北の…………?」

「イレーヌ」

「はい!?」


 エルミーヌさまが私に迫る。


 実家が北の国と争っていた歴史のあるエルミーヌさまは、北の国に軽んじられることをひどく嫌うのだ。


「聞いたわよ。公国ではお手柄だったそうね。しかも、ふふ、北の賊を捕まえる際には屈辱王と同じ経験をしてみろと言ったそうじゃない」


 誰が教えたの!?

 いえ、この場合はそれだけの情報収集能力を持つエルミーヌさまの力の強大さに驚くべきかしら?

 けれど、どうして今それを?


「いいわ。すごくいい。我が祖先の勲を引き合いに出すなんてわかってるじゃない」


 屈辱王が囚われた戦いの時、聖女と共に砦に籠った一人がエルミーヌさまの生家の先祖だ。

 生家の伯爵家は長く北から国を守る伯爵家であり、王都にいる軍事関係者も輩出している。


 待って。ということはエルミーヌさまの情報源は。


「…………ロジェですか」

「あの殿下、光る物があるわね。生命力に溢れていると言うのかしら? 殿下の親世代に当たる者たちは負けていられないとずいぶん熱を上げていたわ」


 玄関でのロジェの困惑を思えば、エルミーヌさまに直接会って公国でのことを話したわけじゃない。

 きっと我が国の軍を調べる際に血縁者に当たったのだ。

 そこからエルミーヌさまに話が行き、どうやらロジェはお眼鏡にかなってしまった。


 それはわかるけれど、何故公国での私の発言なんかを引き合いに出してるの、ロジェ!


「あの殿下ならいいわ。でも、あの小娘はなしよ。あんなのが城にいるんじゃ、腐った林檎も同じね。早急に手を打たなければ腐り落ちるわよ」


 エルミーヌさまはどうやらシヴィルを完全に敵認定しているようだ。

 私が不在の間に自分から敵を増やしていくなんて、シヴィル、すごいわね。


「正直城では膠着状態なのよ。陛下は説得に応じず、あの小娘は増長するばかり。放置しておくなんてできないけれど、国内の権威を陛下が一顧だにしないの」

「まさか、ロジェを利用なさるおつもりですか? 陛下の目を別に向けるために」


 エルミーヌさまが挑発的に笑った途端、アンナさまが扇子で手を打ち、首を横に振ってみせたのだった。


毎日更新

次回:攻性の兆し

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