46話:有益なお茶会
アンナさまとエルミーヌさまの喧嘩が終わったことで、お茶会のための会場が解放された。
今は主催者であるアンナさまが、招待客から挨拶を受けているさなか。
「まさか、一進一退で六時間も決闘し続けた末に、二人同時に失神して、目覚めた時にはお互いの健闘を讃えて引き分けになったなんて…………すごいな」
お茶会が始まり解放されたロジェは、すでに疲れたように椅子に座り込んでいる。
実は最初の三十分で、お互いに慣れない剣の重さにまともな攻撃ができなくなっていた、なんて話までは聞いていないようだ。
「聞きそびれたんだが、いったいその決闘のきっかけはなんだったんだ?」
口を挟む暇もなかったロジェの質問に、私は同情を交えて答えた。
「聞かなくて正解よ。世間一般ではどちらがその時のパーティの主役であるかを競った末と言われているけれど、別にどちらも主催者ではないし、主催者を祝う集まりだったの」
「えー? 本当に日頃の鬱憤が爆発して、他人の催しを騒がせただけなのか?」
「あら、遡ればお二人の生家同士の因縁に端を発しているのよ。きっかけをそこに求める方もいるわ。ご実家の両家に挟まれて、家が一つ途絶えてしまっているけれど、お聞きになる?」
長い話を予期してロジェは両手を上げて見せた。
「まだまだ勉強不足な俺には早すぎる話題だったみたいだな」
そして苦笑から一変、抜け目のない視線を周囲へ走らせる。
「それでここは、新王への不満のはけ口か?」
周囲から聞こえる声は新王の政策批判や、密室政治への不審。
他にも宮廷伯への苦言やシヴィルへの不信感など、口々に言い合っている。
「国の外へ出したのは正解か」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
誰と言わずともわかる。ラシェルのことだ。
故郷へ帰れないラシェルの苦境は申し訳ないけれど、そうしたほうが安全だと思ったから講じた処置だった。
「担ぎ上げられてもあの性格だとなぁ」
ロジェも、ラシェルでは新王やシヴィルを相手に立ち回れないと思っているようだ。
どころか見える場所に据えてしまえば攻撃の的になると私は思っている。
だから、新王の手も届かない場所へと逃がした。
「もう少し我の強さがあれば、対抗馬として抑止力にもなれたかもしれないのに」
「適材適所よ。あの子にはあの子がやるべきことがある。それまでは英気を養っていてもらうわ」
「現状だけ見ると駄目だと思うんだが、イレーヌがいるとそうも思えないな」
「あら、我が国に傾いてほしいのかしら?」
ロジェの買い被りに意地悪く聞くと、獲物を狙うような笑みを返された。
その危うい表情に、心臓が驚いたように跳ねる。
「攫ってやったほうが幸せにできると断言できるなら、そうするまでだ。国と共に散らすには惜しい花だからな」
「…………呆れたお上品さね。そのまま牙は直し込んでいてちょうだい」
全く、これだから油断がならないのよ。
やらないならいいけれど、本気が透けて見えるんだから。
「さ、そろそろ私たちも挨拶へ行きましょう」
頃合いを見計らって、公爵夫人アンナへの挨拶へと向かった。
「晩餐会でもご挨拶をさせていただきましたけれど、突然のお誘いを受けていただきありがとう。殿下にはどうか我が国を誤解してほしくはないの」
「いえ、こちらこそ。無教養な若輩と呆れないでいただきたいものです」
「あらあら、美味しい魚を逃さないあなたの恐れ知らずな果敢さには笑わせてもらったわ」
「いや、あれは驚いた。国許でなら笑いを攫ったでしょうに、まさか真に受けられてしまうとは」
アンナさまは車寄せでのことなどなかったかのように淑女然として対応し、晩餐会でのロジェのシェフ引き抜きにも言及する。
後でお父さまに聞いたことだけれど、シガールームでは新王にシェフの解雇を取り消すよう、ずいぶんな応酬があったそうだ。
最終的にロジェが冗談だったと言ったことで、シェフの解雇もうやむやになったのだとか。
「イレーヌにも言われているんです。今日はヴァルシア流を学ばせていただきたい」
「それは良かった。海の伯爵がいらっしゃっているから、お話をお聞きしては如何?」
予想どおりの人物をアンナさまがロジェに紹介する。
「海の伯爵って、まさか、あの要塞港?」
「社交期はご子息に領地を任せていらっしゃるの。伯爵も殿下のことをご存じだったのよ。一度お忍びでいらしていたと」
ばれていたことにロジェは悪戯が露見したかのように笑う。
同時に北の国を撃退するために埋め立てをして、要塞を作った港を持つ伯爵と直接話せると知り、ロジェの顔に少年のような好奇心が浮かんでいた。
「さ、ボルボーの殿下がお話している間は、わたくしがイレーヌのお相手をしましょうか」
「アンナさま、まだあちらの方々とのご挨拶が済んでおられないのでは?」
「あら、先日もお会いしたのに律儀な方々。イレーヌ、少しの間待っていてちょうだい」
「ごゆっくり」
私はアンナさまを見送って離れたロジェを窺う。
アンナさまが引き合わせた後は、予想以上に意気投合して話し込んでいるようだ。
海の伯爵は他の北の国の侵略にあったことのある領地の貴族を集めて、一塊で話し始めてしまっている。
「まぁまぁ、まるで少年のようなお顔。ボルボーの殿下は随分気に入られたようね」
「エルミーヌさま。ご無沙汰しております」
豊満な胸元を惜しげもなく見せるドレスの子爵夫人エルミーヌが私に声をかけた。
アンナさまとは聖女関係で交友を持ったけれど、そのアンナさまと関われば自ずとエルミーヌさまとも関係ができる。
エルミーヌさまは猫のように目を細めると、囁くように言った。
「あの殿下、きっと人たらしね。男にも好かれるけれど女も放っておかないタイプ」
「はぁ、まぁ。確かに他人と距離を縮める素早さには驚かされます」
エルミーヌさまは含みのある笑顔で私を見る。
この方は、社交界の女主人と言われる存在。
他人との距離の縮める素早さは、ロジェを上回るかもしれない。
そんな私の警戒心など歯牙にもかけず、エルミーヌさまは声を弾ませた。
「聞、い、た、わ、よ? 中央教会でずいぶん睦まじい様子を見せつけたそうじゃない?」
私が思わず身を引くと、エルミーヌさまはその分距離を縮める。
完全に面白がっているじゃない。
逃がす気はないってこと?
そういうんじゃないんです!
「あ、あれは、区長が案内の邪魔をするため、殿下が悪乗りをいたしまして」
「うふっふっふ。そうねぇ、あなたがそれを許すような方なのねぇ」
「許してはおりません。あの時は、区長が殿下を無視するような非礼をしましたので」
「殿下のために無視をするなと、熱く抱き合ったのよねぇ?」
「そんなことはしていません。誤解のなきようお願いいたします」
「うふっふっふっふ。赤くなって、かぁわいい」
お、おやめになってくださいます!?
周囲の淑女方が牛の歩みで耳をそばだてているのですけれど!?
「し、か、も。その後二人でデートに行ったそうじゃない」
「行ってません。ロジェが晩餐会に着る礼服を求めたので、案内をしたまでです」
「あらぁ、名前で呼び合う仲なのね。やだ、何処まで進んでるの?」
「進みません、進むつもりはありません。邪推はおやめください」
「うーん、お堅い。どうせ国に帰る方なのだから、少しくらい羽目を外してもいいじゃない」
「しませんったら…………」
どうしてエルミーヌさまのほうが不満そうなのかしら?
「もう、また若い子をからかって。エルミーヌさまったら」
「けれどボルボーの殿下の服を見立てるなんて仲はよろしいのではなくて?」
周囲から聞こえる邪推の広がりに、私は頭を抱えたいほど困ってしまった。
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